2026年6月28日日曜日

よかった週末


 6月の最終週末であった。
 先週、週末の伸びが足りない、みたいなウザったい嘆き節をしたが、それでは今週はどうだったかと言えば、安心してほしい、これがだいぶよかった。今週はちゃんと一発が出た。
 なにしろ土曜日におろち湯ったり館に行ったのが効いている。前回の想定外のハズレを経て、今週こそは間違いあるまいと狙った木湯は、果たしてきちんと木湯で、そして半年以上ぶりとなった木湯は、やっぱり超絶によかった。サウナも、2階の外気浴のデッキも、岩湯に対して木湯はあまりにも優位すぎる。木湯の良さを堪能したあとでさえ、さすがに差があり過ぎではないかと気を揉むほどだ。いつぞやもそうだったのだが、木湯のそれがあまりにもよいがゆえに、1回目のサウナと水風呂と外気浴で、あっさりとイカされてしまい、時間を持て余すほどだった。18時頃に施設に到着して、本当はもっとゆっくり、ほぼ夏至の長い夕暮れをゆったりと堪能するつもりだったのに、1回でキマってしまったので、なんか逆に、言葉は変だが白けてしまって、思っていたよりも短い時間で退館してしまった(帰り道の、ほぼ家の近所あたりで、ようやく求めていたような暮れなずむ空になった)。それっていいことなの? と問われれば、もちろんいいことなんだと思う。筋トレと一緒で、長くやればいいってもんじゃない。短い時間でぐわっと効果が得られれば、それに越したことはないのだ。あまりにもスピーディーに、流れるような動作で仕上がってしまったので、最初から最後までオートメーションにベルトコンベアに乗って製造されていく工業製品のような気持ちになった。流れの途中にある巨大な長いオーブンで、動きながら焼かれるやつ。今回のサウナはそのくらい効率がよかった。
 帰宅後は、先週に引き続き、と言うか先週の余りを冷凍していた分で、僕だけ鰻丼(家族には別のものをきちんと準備した上で繰り出している)。休日にサウナに行って、帰宅後に鰻丼を食べてビールを飲むのである。これが一発でないのだとしたらなんなのだ。
 そんなわけで土曜日だけでだいぶ勝ち確だった週末なのだけど、そのうえ日曜日もあって、なにをしたかと言えば、先ほど記事をアップしたが、このひと月ほどまあまあ停滞感を抱いていた水着製作に関し、靄を吹き飛ばすようないい成果があった。これもだいぶ今週末の仕上がりの良さに寄与している。
 ただ、本当は別のことをするつもりで、なにかと言えば、先月の母の日を前に、母にリクエストを求め、その結果として作ることになったハンドメイド品を仕上げるつもりでいたのだが、流れ的にどうしても自分の水着の希求が優先になってしまい、そちらはままならなかった。そもそもリクエストの返答が来たのが母の日の数日前くらいで、「いつでもいいよ」という言葉はあったのだが、作ろうとしているのは夏物衣料ということもあり、さすがにそろそろ作って送るべきだろうという気持ちはあるのだが、さまざまな事由によって滞っている。まあ夏は来年もやってくるしな、残暑も厳しい折、なんなら盆の帰省の時に渡すんでも構わないよな、と思い始めている。
 とは言え母の日こそ蔑ろにしたが、あくまで自分本位の幸福度に関して言えば、晩ごはんを餃子にしたので、それも当然ながらものすごく美味しくて、大満足だった。
 サウナ行って、うなぎ食べて、ビール飲んで、水着作って、餃子食べて、ビールを飲んだのだ。いったいそれ以上のなにを望むというのか。とてもいい週末だった。

ボックス!


 年末年始に極北ボックスパターンを完成させて、ほぼ半年。この間、せっせとそれを作り続けてきた。通し番号をつけるようにしたので分かりやすいが、出品している現在の最新作は137番。極北ボックスは101から番号をスタートさせているので、37枚ということになる。ちなみにだが、縫製がほぼ終わり、あとはジョニファーに穿かせて撮影するだけ、みたいな状態のものが実は9枚あるので、146番まで行くのは確実だ。
 でもそこで極北ボックスはおしまい。
 突然の爆弾発言。説明をさせてほしい。
 ブログは収束と拡散を繰り返す、という例の理論があるでしょう。水着作りにもそれと同じような波があるのだという真理に到達した。すなわち、
『水着作りは枯渇と飽和を繰り返す』
 である。
 今からひと月ほど前のことなのだが、実は極北ボックスのパターンを少し修正した。同じものを何十枚も作っていると、ネジの頭がなめるように、自分の中のなにかが摩耗してくる。そして摩耗することで、行けていた地点に行けなくなるかと言えば、実はその逆で、別にこじ開けようともしていなかったエリアのドアが、勝手にこじ開いてしまうのである。そういうときというのは、物質ではない、思念的なものでドアをこじっているのだと思う。超感覚的知覚。言わばエスパーである。
 極北は、極北だから極北なのに、エスパーなのでその先の世界に行ってしまった。あんなにも苦心して到達した脇の幅を、さらに削ってしまったのだ。このひと月に製作した、すなわち出品前の9枚は、それで作っている。出品時にこれまでのものと区別をするつもりはないが、実は一線を超えている破滅の子たちである。
 そう、破滅。力の暴走は破滅をもたらすのである。だって極北の先なんてないんだもの。
 思えばいつもこんなふうにしてステージは幕を閉じる気がする。マンネリ化し、停滞して、それを打破するために暴走して、破綻する。たぶん地球も最後、こうやって終わるんだと思う。でも地球が終わっても世界は終わらない。物質のカスが集まって新しい星になるように、新しいステージの幕は開く。
 話が飛ぶが、最近になって平泳ぎに強い関心を持っている。これまでクロール一辺倒だったのだが、先日NHKでやっていた水泳の日本選手権を眺めていて、自由形の選手よりも平泳ぎの選手のほうが理想の筋肉の感じに近い気がすると感じ、そう意識して平泳ぎをやってみたら、腕を広げて水を抱えながら前方中心まで持っていく動作は、ダンベルフライのそれに似ているのではないかと気づき、泳ぐことと筋トレを同時に叶えるという願望をなんだかんだで未だに捨てきれずにいるのだが、もしかすると平泳ぎはわりと筋トレになり得るのかもしれないと考え、これからはクロールと並行して平泳ぎも積極的にやっていくことにしたのだけど、それにあたり極北ボックスというのは、それこそ昨年末の苦心の果ての産物なのだが、脇の幅を狭めるためにずいぶんなハーフバック仕様になっていて、それは基本的に膝から下を上下に動かすだけのクロールならば別に問題ないのだけど、根元から大開脚する平泳ぎとなると、さすがにその露出は少し差し障りが出てくる感じがあり、居心地の悪さを抱く原因となっていた。この半月ほどプールから足が遠のいていたのも、そのあたりのことが少なからず要因になっていたかもしれない。
 すなわち、飽和の瞬間はさまざまな方角から、じわじわと忍び寄っていたのである。
 というわけで、極北ボックスに代わる、新しいパターンを作ることにした。
 これまでの話の流れから分かるように、今回は面積を削ることが目的ではない。逆に増やすのである。平泳ぎで大開脚しても大丈夫なように、尻はしっかりと蔽う。そうなれば脇の幅もどうしたってこれまでよりも太くなる。それでいて野暮ったくない形状を目指したい。
 コンセプトは回帰。
 昨年の秋口、『観測者によってビキニかボックスかが定まるシュレディンガー水着』として、つまるところビキニ型だった水着を15枚ほど作り、そこから少し面積を増やして極北ボックスへと帰着したという経緯はあったにせよ、基本的にこれまでの水着パターンの進化の歴史は、面積縮小の歴史であった。「初期→新パターン→新々パターン→(シュレディンガー→)極北」と、徐々に布の面積は小さくなっていった。それは言い換えれば枯渇の歴史であった。
 しかし今回は違う。確固たる理念の下、面積を増やすのである。
 であれば、それはつまり逆戻り、すなわち極北が飽和したというのなら、新々パターンに戻せばいいのではないか、と思われるかもしれない。もしそれでも足りないというのなら、新パターンだってあるだろう、と。
 しかしさすがにそういうわけにもいかない。僕は来た道をそのまま戻るのではない。山を登ったとして、登ってきた斜面をそのまま下りるのではなく、頂上は単なる通過点として、その先の地平を行かなければいけない。たとえ新パターンや新々パターンと、標高的には同じでも、それは新しい未知なる世界であるべきだ。
 もちろん参考にはした。まっさらの画用紙に、極北ボックス、新々パターン、新パターンと、歴代の3つのカットゲージのラインをそれぞれ書き込み、そしてそのどれとも異なる新しい線を引いた。
 思い描いているのは長方形である。ボックスの名に悖らない、穿いたとききちんと箱の形になるようにしたい。
 こんなふうに。


 対話型生成AIに頼んで作ってもらった画像なのだが、まあまあいい線いっている。構造的に股下の、蟻の門渡りの部分は、画像のようにいくらかは下に出っ張る感じになるが、それ以外の部分では水平を保っている。長方形である。なるほどボックスだな、と思う(ちなみにだが、肌との対比を考え紺色を指定したせいもあるかもしれないが、脚ぐりの水平を求めるということはすなわちローレグであるということもあり、なんとなくスクール水着を連想させ、また画像をよく見ると腰周りを蔽うスカート部分と股下部分でパーツが分かれているようにも見え、だとすればこれはいわゆる旧スク水の一大特徴である、水抜き穴を持つ仕組みになっているのかもしれないと考えると、今回の製作のコンセプトとはぜんぜん異なるけれど、また新しい扉がこじ開けられる気配を感じないでもない)。
 ということで、そんな理念の下、できあがったのがこちらである。


 イメージ画像では肌との対比のことを考え紺色にしたくせに、実際の試作ではこんな生地を使うものだから少し分かりづらいが、見てのとおり、だいぶ水平である。だいぶ長方形である。
 ちなみにこの生地では、かつて新々パターンを製作し、出品していた。今回の新作は、極北ボックスよりも新々パターンとの比較で捉えたほうがいい。それがこちらである。


 新々パターンは脇の幅が今回の新作よりも短く、かつ脚の内側の裾が少しだけ長いため、それを繋ぐために、どうしてもラインが斜めになっている。この問題を解決したのが今回のリニューアルである。
 少なくともぱぱぼとるよりも上の陰毛は剃ることを前提としたローライズ仕様で、かつ正面から着用姿を見たとき、なるべくただの長方形に見える水平を目指すとき、望むことのできる最小限の幅は、陰茎の付け根のすぐ上から、陰嚢の下部側の付け根までの、立体感を無視した上での直線の長さである(下図、矢印)。


 これが何cmだったか。
 それは8cmだったのです。つまり目指すべきは縦が8cmの長方形。平面として眺めたときそう見えるようなパターンを希求した。
 横から見るとこう。


 水平である。少しフロントのあたりが下がってV字のようになっているのは、股間部に入れたスライムの重みのせいであり、実際はここまでのことにはならないと思う。
 後ろはこう。


 後ろはさすがに水平じゃありませんよ。この1年以上囚われていたハーフバックの呪縛から解放され、尻たぶはきちんと蔽うことにしたのだ。尻というのはフロントよりも縦幅が長くできている。後ろの布も8cmにしようと思ったら、上からは尻の割れ目が覗けるだろうし、下は尻たぶを今まで以上に晒すことになるだろう。そういうわけにはいかない。しかし脇の幅が、極北ボックスはもちろんのこと、新々パターンよりも長い8cmなので、尻をしっかり蔽っても、まったく無理のない自然なラインとなっている。なるほどこれは、着実に山を登ってきたからこそたどり着けた、頂上の向こう側の世界なのだな、と改めて思う。
 というわけで前述の極北ボックスの残りの9枚を出品したあとは、このパターンが新しい主力商品となってゆくものと思う。ただしそちらを片付けて、改めて裁断からなので、本格的な始動はまだもう少し先のことになるだろうと思う。でもちょうどいい。なぜなら、商品名が思いついていないからだ。ボックス水着というものの原点回帰を目指して作ったパターンだが、「ザ・ボックス」ではダサいし、ましてや「シン・ボックス」など目も当てられない。これについてはおいおい考えていこうと思う。
 ちなみにだが、今回の新しいパターンに関し、実はもう一点、これまでの流れを断ち切る大きな変化をした部分があるのだが、それについて語るとさすがにこの記事だけが長大になりすぎるので、それについては別で語ろうと思う。
 とりあえず半年の区切りのところで、いい展開を起すことができ、とても満足している。

2026年6月21日日曜日

父の日と散髪と26歳


 梅雨前線なのだか台風の影響なのだか分からないが、空気がとてももったりしていて、気分がまるで上がらない、そんな父の日であった。思えば筋トレもしなかったし、プロテインも飲まなかった。あ、裁縫もしていない。僕はいったいなにをしていたのだろう。プールも、そろそろ行ってもいいような気持ちがあったが、やっぱりもう少しゲージが貯まってからのほうが効果的なような気がして、この週末は足が向かなかった。もちろんワールドカップの試合も観ていない。
 このところ週末がいまいち堪能できていない感じがあり、よく野球のニュースなどで、「悪くない当たりでしたが、もう一歩伸びが足りず、ライトフライに倒れます」という言い回しがあるが、そんなもどかしさを抱き続けている。GW以来、3連休的なものとしばらくご無沙汰だからだろうか。もしそうなのだとしたら、僕はずいぶんと変わってしまったことだ。いま読んでいる26歳当時の日記では、僕は2010年の年始、3日から労働をし、4日の勤務ののち新幹線に乗り込み、深夜に出雲に到着して、そして6日の朝には練馬に戻るために特急やくもに乗り込んでいた。今だったら絶対にしない弾丸スケジュール。そして7日からはもちろん出勤である。サービス業だった当時は、あまり疑問にも思わずそういうことをしていた。あまつさえ1月7日付の日記には、『実質2日休んでいただけなのに、1週間くらい休んでいたような気持ち。』という記述さえある。なんだか胸が締め付けられる思いだ。愛しい。愛しいし、そして申し訳ない。2日程度の休みでは伸びが足りずライトフライ、ではない。お前が悪い。そうだ、俺が悪いのだ。
 そんな自省の気持ちが高まり、そしてなにより、もったりした気候にいよいよ音を上げたというのもあって、冬から伸ばし続け、日中は結んで過していた髪を、とうとう切ることにした。こう書くとまるで理性的にそういう判断をしたかのようだが、実際は先ほど、夕飯後にシャワーを浴びて、髪を洗い、さらにはコンディショナーまでした段階で、まるで「エウレカ!」と叫ぶような感じで、「もう髪、切る!」というほうに針が振れ、すぐにコンディショナーを流し、浴室から出て、ファルマンに「今から髪を切ってくれ!」と頼んでやってもらったのである。そのくらい突然訪れた。今回はこの訪れまでに時間が掛かった。このところずっと「もう見苦しいから切れ、切らせろ」と言い募っていたファルマンは、「やっとか、よしきた」という感じで切ってくれた。そして再び髪を洗った。これまでの長い髪では、なんだか内側のほうは洗えていないような感覚があったのだが、短くなり体積の減った髪ではそんな心配もなく、とてもすっきりした気持ちになった。なにより鏡に映った姿が格段に若々しい。「もっと早く本気でたしなめてくれればよかったのに」とファルマンに言ったら、「ずっと言っとったじゃろがい!」みたいな感じでキレられた。人からの忠告って、どんなに正しいことでも、自分自身がピンと来るまで、本当に耳に入らないよね。
 まあそんなわけで、最後に心機一転できて、最終的に前向きな気持ちになれた週末だった。父の日ということで晩ごはんは鰻丼にしたし、明日から元気を出していこうよ、という感じ。誰がそんな言葉を僕にかけてくれたのか。それはたぶん26歳の僕なんだと思う。ああ愛しい。

宇佐木学園ぴょんぴょんブログを読み解く(2) ~おもひでぶぉろろぉぉん~


 前回の記事で触れたように、「宇佐木学園ぴょんぴょんブログ」は3つ存在したのである。
 大神版、中埜版、をとめごら版である。
 3ブログともすべて時間軸は同じで、宇佐木学園を舞台にした、6月1日から8月31日までの日々を描く。異なるのは視点である。
 まず大神版は、学園唯一の男性教諭である大神を主人公に、彼と生徒である少女たちとの交歓が描かれる。大神先生が何歳で、専門の教科は何で、そしてなぜ彼だけが唯一の男性として学園に存在しているのか、という説明はない。それは特に定める必要はないものと判断したのだろう。きっぱりしている。その代わりにこういう設定がある。
『大神先生の陰嚢に触るとしあわせになれる』
 宇佐木学園の少女たちの間では、何代にも渡ってそんな伝説が語り継がれてきたという。この設定があることで、大神と少女たちがそういう行為をすることに合理的な説明がつく。ただし少女たちが本当にしあわせになりたくて大神を求めるのか、あるいは大神を求める言い訳としてこのような伝説を捏造したのかは定かではない。たぶんどちらも真実なのだ。ちなみに大神はもちろん精力絶倫の成人男性なのだが、それでも全校で約1200人いる少女たちが無作為に殺到しては収拾がつかないため、少女たちの自治により協定が組まれ、朝に大神の部屋に入って朝一番の陰嚢の恩恵を得る生徒は、事前の予約申し込み制となっており、その競争率はかなり高いという。
 次に中埜版は、1年まごころ組に在籍する中埜新が主人公なのだが、実はこの中埜新、歴とした男の子である。そんな新がなぜ女子校である宇佐木学園に通うことになったか。その理由は、「なぜか」である。これもまた、特に説明していない。多少、「名前が中性的であるのに加え、顔も美少女のようにかわいらしい」という取って付けたような言い訳もあったが、基本的にそんなことはどうでもいいと思っていたのだろう。同感である。エロ小説の主人公が女子校のたったひとりの男子生徒である理由は、彼がエロ小説の主人公だから、以外に存在しない。そして新が男の子であることは、学園および大神という大人側には絶対に知られてはならない秘匿事項なのだが、しかし少年のルームメイトである南野みちるはもちろんのこと、ほぼすべての生徒には知れ渡った事実である。それはなぜかと言えば、中埜新には「すぐに服を脱いで裸になってしまう」という悪癖があるからである。記事を読むと、たしかに新は本当によく裸になっている。そして全寮制女子校唯一の男子である13歳の少年が寮内で裸でいるとどういうことになるかと言えば、それはもう当然の帰結として、主に年上となる無数の少女たちから、だいぶ気さくにちんこをいじられることとなる。これは本当に当然の帰結である。ちなみにだが、僕がCFNMという性的嗜好の名称を知り、それをロゴにしてTシャツに仕立てることまでしたのは今年に入ってからのことだが、実はこの頃から明確にその嗜好は持っていたということになる。
 これが大神版と中埜版ということになるが、なぜふたつが必要だったのか、ここまでの説明で理解していただけたと思う。触れるとご利益があるとさえ言われる神聖な巨根を誇る大神と、少女のような見た目でカジュアルにおちんちんを出してしまう新、僕のちんこは、そのどちらのちんこでもある。まったくベクトルが異なるそのふたつの願望は、ひとりの主人公では決して叶わない。だから視点を分けなければならなかった。
 ちなみにだが、作中にいちどだけ、大神と新が直接絡むシーンがある。中埜版7月18日の身体測定の場面である。宇佐木学園のすべての生徒の胸囲を計測するのは大神の担当であるため(熟練のテクニックによってものすごいスピードで少女たちを捌いてゆくのだ)、生徒のひとりである新もまた、どうしたって大神による計測から逃れることはできない。

「次」
 気が付くと目の前には誰もいなかった。大神先生がつまらなそうな顔でこちらを見下ろしている。
 新はおずおずと大神先生のほうに歩み寄った。
 その瞬間、前に並んでいた少女たちがされていたように、左肩を抱き止められ、右手が背中に回される。背中を突かれる感覚はほとんどなく、スワッとした感覚がしたかと思うと、既に新の胸からはブラジャーが姿を消していた。遠目に見ていたときから感心していたが、いざ実体験してみて改めてすごいと思った。なんというテクニックだろうか。それからメジャーが胸に這わされる。メジャーは冷たいのかと思いきや、朝からずっと少女の胸に巻きつかれているためだろう、むしろ温かかった。
「70.2」
 大神先生が無感動な口調で計測値を読み上げた。

 ふたりの邂逅が描かれたのはこれきりなのだが、このあとさらに物語が紡がれていたら、ふたりはどういう関係性になったろう。たぶんどこかで大神は新が男の子だということを知るだろう。そのとき大神はどうするか。新、おまえだったのか、いつもくりとりすが異様に大きかったのは。みなさんもこのときの大神兵十の気持ちになって、物語の続きを考えてみましょう。
 さて大神版中埜版と来て、最後はをとめごら版である。これは特定の主人公を置かず、宇佐木学園の少女たちが代わる代わるに主役となる趣向のバージョンである。実を言うとこれは最初はなかった。大神版と中埜版をしばらくやったところで、女の子から見た宇佐木学園の風景も描かれるべきだな、と思い約2ヶ月遅れで開設された。
 しかしあとから理屈によって創設されただけあって、衝動的なエネルギーに欠ける感は否めない。ふたりの男の視点からでは描けない宇佐木学園を補完し、物語としての厚みを増やすという意義は解るが、下半身に直接作用しないのである。下半身に直接作用しないのならば、大神の人物詳細がないように、新が女子校に通うことになった説明がないように、それは不要なものだったということになる。エロ小説というものは、一言一句、すべてがひたすらにちんこを高めることにのみ捧げられるべきだからだ。
 しかし当時たしかに存在したものを、いまさらなかったことにはできない。これはこれで、おもひでぶぉろろぉぉんで振り返られる、僕のブログの記録である。をとめごら版も含めた3つのブログのそれぞれの性質を解説したところで、いよいよ次回からは記事内で綴られた宇佐木学園の風景について語っていきたい。

2026年6月20日土曜日

クソ文系・カマキリ・イモって


 生成AIの開発競争がすごいことになっているという話を、ニュースでもたびたび見聞きするし、ファルマンからもよく聞く(ファルマンは別に開発競争の関係者ではない)。競争は、会社単位、そして国単位の、凄絶な血みどろの様相を呈しているようで、生成AIのシュッとした利便性の陰には、なんだかものすごい体育会系の、文字通りの心血を注ぐような、数多の人々のエネルギーの凝縮があるらしい。ただしもちろん僕は文系なので、生成AIの開発に心血を注ぐという行為が、具体的に現場でどういう作業をするということなのかはぜんぜん分からない(生成AIの開発に限らず、この世のあらゆるデスクワークのことが分かっていない)。ぜんぜん分からないので、本当に短絡的でありきたりな発想になるが、「まるで魔法のようだな」と思う。そして「平成狸合戦ぽんぽこ」のことを思い出す。「平成狸合戦ぽんぽこ」の中で、物語中盤、四国から招聘した三長老を中心に、妖怪大作戦と名付けられた一大秘術を行なうシーンがある。変化できる狸たちがエネルギーを集結させ、壮大な妖怪変化を団地に出現させるのである。生成AIの開発競争の現場で行なわれているのは、要するにそんなことなのではないかと思っている。長老のひとりである隠神刑部は、心血を注ぎ過ぎたあまり、作戦の最中に血管が切れた感じで落命する。開発競争の現場でもそんなことが起っていそうだと思う。また最近よく言われる「デジタル人材」という言葉が、このイメージをさらに補強させる。開発競争はそれの奪い合いであると言われる。「平成狸合戦ぽんぽこ」の狸には、変化できる者と変化できない者がいる。それはデジタル人材かそうでないか、ということだと思う。変化ができるぽん吉は、人間に変化して、人間となって生きていく道を選ぶ。息苦しさもあるが、それはスキルを活かして時流に乗った生き方である。一方で変化できない狸は、山に残り、狸として慎ましやかに生きる(それ以外の生き方がない)。それは穏やかだが、山が開発されるような大きな力に対してはどこまでも無力だ。もっとも大きな力に対して無力でない存在など果たしてあり得るだろうか。デジタル人材が力を結集して作り出そうとしているものは、デジタル人材を必要としない世界なのではないかとも思う。君たちはどう生きるか。

 気温の高まりに身体がついていかず、だるさのある日々だが、とにかく去年の二の舞にはなりたくないという思いが強く、この状態の改善のために僕が先日から取っている方策が、なんと「たくさん食べる」というもので、このまま食欲までもが減退したら、いよいよ夏を生き抜くのがつらくなるのは目に見えているので、むしろもりもり食べて、体を大きく強くしようじゃないかと考えたのである。すばらしい心掛け。とにかくエネルギーを多く摂取して、余剰を体にもたらしたい。実は消化にこそ相当なエネルギーを使うから、本当はなるべく食べないほうがいいんだよね、聡い俺はそれを知っているから効率よく最低限の摂取だけをして、結果として洗練されたボディを維持しているんだよね、みたいな胡散臭い話はもういい。うるさい。ばーかばーか。わしは喰うんじゃい! 喰って元気になるんじゃい! そういう方針に舵を切ることにした。腹八分目はたしかに食べ終えたあとの身体が楽で、満腹は苦しいのだが、そうは言ってもたまには満腹にならなければ、食べられる量が増えていかないだろうと思い、ここ数日は意識的によく食べている。体重にはまだ現れていないが、なにより精神的にいい。こちとらよく喰う健全で頑強な生きものじゃい! という自信がつく。この自信だけを武器に、夏の太陽とやり合おうとしている。蟷螂の斧。

 2009年の日記を読んでいたら、「イモる」という表現があり、わ、と思った。
 もちろん本気で僕自身が「マジあいつイモってんだけど」というふうに使っていたわけではなく、この頃は共学の高校に対する憧れをこじらせ、挙句の果てには「共学短歌」というものを詠むほどだったのだが、そんな日々の中で、「「BiDaN」とか「Samurai ELO」とかに出ている男はわりと不細工なのに共学に通っているばっかりに彼女がいる」ということに怒りを爆発させる文脈の中で使用していたのだった。「イモる」も「BiDaN」も「Samurai ELO」も、もうなにもかもみな懐かしい。思わず沖田十三(宇宙戦艦ヤマト艦長)みたいな気持ちになる。もちろん当時26歳の僕が本気でこの雑誌を購読していたわけではなくて、なにぶん書店員だったので、手広く目を通していたのだ。いちおう名誉を守るために断っておく。
 ちなみにこのときの共学短歌というのががこちら。

 ・週6はマジできついし悪ぃけど今日は勘弁 指で勘弁

 ・ウチ マジで先輩のこと好きじゃけん一糸纏わぬ体育倉庫

 ・このあいだ原先輩の彼女さんに誘われてマジ イモって逃げたし

 すごい。なにがすごいって、共学の解像度の低さが我ながらすごいと思う。

宇佐木学園ぴょんぴょんブログを読み解く(1) ~おもひでぶぉろろぉぉん~


 26歳になった僕の日記を、こつこつと読み返している。
 26歳になった僕は、日々「宇佐木学園ぴょんぴょんブログ」の世話に追われている。25歳の僕がこの世からいなくなる直前に生み落とした「宇佐木学園ぴょんぴょんブログ」を引き取り、自らが育てることにしたのだった。(「トモコレ」をそういう趣向でやっているせいで、年齢に対する捉え方が少し変容してきているのを感じる)。
 宇佐木学園。振り返れば、なかなかすさまじい企画であった。
 架空の中高一貫全寮制女子校が舞台なのだが、なにぶん架空なので、俺が理事長だったらこうするだろうという願望が、思うがままに投影されている。
 クラスは各学年6つに分かれていて、それぞれのクラス名は、僕が女の子に求めるものになっている。すなわち、「きよらか」「あざやか」「ほがらか」「すこやか」「まごころ」、そして「おもいやり」である。改めて眺めると、統一性がない。前半の4つの並びで考えるならば、あとのふたつは「たおやか」や「さわやか」、あるいは「はなやか」などでよかったんじゃないかと今なら思うが、据わりの良さをかなぐり捨ててでも、「まごころ」と「おもいやり」をどうしても入れたかった当時の青年パピローの心情に思いを馳せるにつけ、胸が締め付けられるような、特殊な感動がある。特にこれだけが5文字の「おもいやり」が泣かせる。なにがあったんだよ、青年パピロー。
 そして「宇佐木学園ぴょんぴょんブログ」は、6月1日から8月31日までの夏の3ヶ月間の風景を綴るものなのだが、この期間、生徒たちはもちろん夏服となり、その夏服というのもまた、クラス単位で変化するのだった。すなわち、「きよらか→ブラウス」「おもいやり→ワンピース」「まごころ→ポロシャツ」「ほがらか→Tシャツ」「すこやか→キャミソール」、そして「あざやか→ビキニ」という具合であった。これに関しても、前半の4つはまだいいが、問題はあとのふたつだ。それでもキャミソールは千歩くらい譲って認めるとしても、問題はビキニだ。あざやか組の生徒は、夏の間、ビキニ姿で学校生活を送るのである。音楽の授業で合唱するときもビキニ、家庭科の授業で調理実習のときはビキニにエプロン。ただし体育の授業で水泳のときは、逆にスクール水着に着替える必要がある。そして泳ぎ終えたあとはふたたびビキニに着替える。青年パピローのカルマが熱暴走を起しているな、としみじみと思う。
 ちなみにビキニの話が出たついでに言うと、宇佐木学園の期末試験はランジェリー姿で受けなければならない、ということが校則で定められている。世に言う「ランジェリー期末試験」である。これはこの年に始まった記念すべき第1回cozy ripple流行語大賞のノミネート語にも選ばれているのだが、どういう来歴の言葉かと言えば、アメリカに実際に存在するというランジェリーフットボールという競技の存在を知った僕が、ほかにどんな「ランジェリー〇〇」があればいいか考えた際、ファルマンにも意見を求めたところ出てきたもので、それが結果として宇佐木学園の校則に採用されたという次第である。つまり宇佐木学園の少女たちが下着姿で期末試験を受けなければならないのは、理事長夫人であるファルマンの思いつきによって、ということである。なかなかやりたい放題の理事長夫妻なのである。
 斯様に破壊力のある、宇佐木学園に関する振り返り、おもひでぶぉろろぉぉんは、いちどの投稿ではとても済ませられるものではない。これから何回かに渡って触れる必要がある。しかしどのように解説を展開していくのがいいだろう。「宇佐木学園ぴょんぴょんブログ」は実はひとつのブログではなく、「大神版」「中埜版」「をとめごら版」の3つに分かれており、まずはそれぞれのブログの性質について語る必要があると思うが、しかしこれら3つのブログは濃厚に絡まり合って存在しているので、ひとつひとつを単独で語るのは得策ではない。とにかく、とても慎重に読み解いていく必要がある。これから僕はしばらくこの課題に取り組んでいくことになるだろう。
 僕はいったい、誰に向けて、なにを説明しようとしているのだろう。

2026年6月17日水曜日

プール賢者タイム


 プールに行く意欲が減退している。
 どうも真夏日の気配が出てくると、そうなる傾向があるように思う。要するに暑さに身体がまだ対応できておらず、生きているだけで疲弊するので、泳ぐ余力、気力が残らないのだ。
 こんなときに無理に行ってもよくない。気乗りしない状態で行なうには、プールに行って泳ぐという行為は、あまりにも面倒である。泳ぎながら「なにがおもろいねん」と思ってしまったら、いよいよ決定的な亀裂が生じてしまう気がする。
 なので、プール行きたい、泳ぎたいという欲求が高まるまで、距離を置こうと思う。
 我ながら理性的な処断だなあと思うが、実は直近の経験則なのだ。
 今月の初め頃、鈴カステラに飽きた瞬間があった。これには自分でびっくりした。ある瞬間、ラクダの最後の一藁のように、僕の中のなにかが限界に達したようで、「もう食べたくない」と思ったのだった。パンダにとっての笹みたいなものだと思っていたので(同じくらいかわいいし)、俺が鈴カステラに飽きることなんてあるんだ、と意表を突かれた気分だった。
 そのためそれから2週間ほどは、鈴カステラ抜きで暮していた。鈴カステラを食べる主なタイミングは、出勤時の車内、プロテインを飲みながら、そのアテとしてなのだけど、この期間は代わりにみたらし団子やバナナを食べていた。それらはそれらで好物なので不満はなかったのだけど、2週間の別離でじわじわと、僕の中の鈴カステラゲージは思いのほか早く元の数値に戻ったようで、違うものを食べながら、「ここに鈴カステラがあればいいのに」と感じるようになった。なので週末、わざわざ無印良品に出向いて、まとめ買いをしてきた。久々に食べた鈴カステラは、相変わらずどこまでも僕に優しく、そして新鮮だった。長い付き合いをしていると、こういうこともあるのだな、と思った。僕と鈴カステラの、円熟した関係。もはや事実婚に近いのかもしれない。
 だからたぶんプールも、2週間、あるいは1週間ほどの空白を置いたら、ぜんぜん行きたくなるんだと思う。ほぼ全裸みたいな恰好で水に包まれる感覚を欲してたまらなくなる瞬間が必ず訪れる。その高まりを座して待とうと思う。男って身勝手なものですね。

2026年6月13日土曜日

続・逆ゆっこ話


 逆ゆっこ現象について書いた際、男にとってのちんこと女の子にとってのおっぱいがそれぞれ対応するが、さすがのゆっこもあかりのヴァギナには手を這わせない、だからヴァギナはすごいのだ、ということを書いたが、それでは女の子にとってのヴァギナに対応する男の体の部位はどこなのか、ちんこが既に出てしまっているのにそんな部位は果たしてあるのか、と考えたとき、ひとつだけその存在に思い至った。
 それは勃起したちんこである。
 これはとても据わりのいい考えで、なんてったって勃起したちんことヴァギナというものは、男女のそれぞれの体の部位の立ち位置みたいな概念以前に、切っても切れない、とても密接な関係性で繋がっているものだからだ。すなわち、成り成りて成り余れるところと、成り成りて成りあわざるところ。対応という意味ではここまで深く対応する部位は他にない。
 おっぱいに対応するのがちんこで、ヴァギナに対応するのが勃起ちんこというのは、ちょっととんちのきいた考え方で、なにしろ男のそれは、厳密にはひとつのものでしかない。ただ状態が変化しているだけである。そんなの答えとしてはズルいのではないか、という意見もあるだろう。
 しかしここで思い出してほしいのは、やはり逆ゆっこのことである。逆ゆっこはプールの更衣室で、友達の脚の間にぶら下がるちんこを触った。でもそれは勃起していないから触ったのだし、そもそも逆あかりとしても、仮に勃起をしていたらさすがに更衣室でふざけてぶらぶらさせないだろう。ただのちんこは同性しかいない場では普通に開示されるが、勃起したちんこはそうではない。ここには明確な分断がある。つまり平常ちんこと勃起ちんこは、存在する世界線が異なっているため、別物として扱うことに十分な妥当性がある。
 そしてゆっこがあかりのヴァギナに手を這わせない、あかりのヴァギナは常にあかりの脚の間に存在するが、ゆっこにとってそれは存在しないも同然であるように、逆ゆっこにとって逆あかりの勃起ちんこは、認識の埒外にある。分かりやすく言えば、基本的に男は、他の男の勃起ちんこを目にしないということである。
 ただしここまで考えたとき、次に議論の争点になってくるのは、ゆっこがあかりのおっぱいを揉むとき、それはあかりのバストの発育を調べるという大義名分があるわけだが、そのサイズ計測的な概念というものは、男の場合、僕が「Seventeen Centimeterian」というTシャツを着ていることが象徴するように、勃起した状態のちんこのものに他ならないだろう、ということだ。これが、長年にわたり数学者たちを悩ませてきた、「あいつのちんこはデカい」「あいつのちんこは小さい」などと男たちは語り合うが、男たちが互いに見せ合うところの、平常時のちんこに関してそんなことを言っても意味がないのではないか問題である。これについては前々から疑問を抱いていた。男は、(基本的に)男の観察下でフル勃起をすることはできないので、勃起の、ひいては男性器のサイズというものは、結局のところ自己申告に頼るしかないのに、それでも男たちはそれの大小について熱心に語り合う。かくいう僕も、気が遠くなるくらい前からずっと語り続けている。ここに男の悲哀がある。女の子のおっぱいのサイズは、日常の暮しならばまだしも、プールの更衣室においては細工のしようがない。それに対し男のちんこは、永遠にサイズの真実が定かにならない。
 そうか、だから女は得てしてリアリストだし、男はいつまでもモラトリアマーなのだな、と少し世界の仕組みが分かった気がした。俺はいつまであの日の逆ゆっこの出来事を引っ張り続けるのだろう。

2026年6月10日水曜日

爆売れ・充電・なに


 このところ水着がよく売れた。合計で俺の作った水着を40枚買ってくれた人がいる、ということを少し前に書いたが、あの人がそのあとさらに10枚買ってくれ、それとは別の人もまた、ブームなのか10枚のまとめ買いをしてくれたのだった。
 これまで水着がぽつぽつ売れるたびに、「いやー、在庫が少なくなっちゃったなー、張り切って作らなきゃいけないなー」とぼやき、ファルマンに「ぜんぜん減ってねえだろ、溢れてんだろ」とツッコまれるのが一連の流れだったのだが、20枚、10枚、10枚と来たので、さすがに在庫は目に見えて減った(まだたくさんあるけれど)。商品がYahoo!フリマへの出品数の上限に迫ったので仕方なく4枚でひとつのページにまとめることにした、ということを書いたのが5月9日なので、ちょうど1ヶ月前のことである。それから一気に波が来た。あるいはまとめ買いを促すような商法が奏功したということなのだろうか。
 ちなみに今回の波で、これはいついつまでも売れ残りそうだな、と思っていた、2024-2025ウインターコレクションの3枚、雪の結晶やノルディック柄の、思いっきり冬っぽいデザインのものも完売した。これにはびっくりした。作って販売しておいて何だが、買う人がいるんだな、と思った。それも6月に。ほとほと商売というのは、あきないものですね。おあとがヒュイゴー。

 先日ファルマンとピイガと買い物に行き、会計の際、ピイガのスマホに入れているアプリが必要で、というかそれが目的で連れてきたみたいなところがあったのだが、いざ使うときになって、「あ、充電がない」とピイガが言い出し、電源を入れると「0%」みたいな表示だけが出て、使えなかったのだった。思わず「役立たず!」と口に出して言ってしまった。娘に言ったのか、娘のスマホに言ったのか、どちらかと言えば、9:1で娘自身に向かって言ったのだと思う。だって俺、出発するだいぶ前から、その算段について本人に話していた。普通、充電を気にするだろう。どういう思考してんねん、と文句を言いたくもなる。
 そもそもスマホの充電が0になるという事態が、僕は信じられない。高校生でシティフォンを持って以来、使用している携帯電話およびスマホの充電を0にしたことは、たぶんこれまでいちどもない。車がガス欠で道路の真ん中で立ち往生、などという体験がないのと同じで、それは完全に空っぽにしてはいけないものだという認識がある。
 それに対し、ファルマンはよく充電が切れるし、よく「あと2%しかない」などとのたまったりする。ほぼ家から出ないし、リビングのソファに寝転がって延々と対話型生成AIと話し込んでいるのだから、そのとき充電ケーブルを繋ぎながらやればいいじゃないかと思うのだが、決してそうはせず、「あ、充電が切れた」などとホザく。そして慌ててケーブルを差す。
 そんな生きものはこの世でファルマンだけだと思っていたら、ピイガもそうであるということが今回判明したし、なんならポルガもまたそっち側だ。もしかするとスマホをこまめに充電しない性質は、顕性遺伝なのだろうか。家族がいつかガス欠で大変な目に遭わないか心配だ。

 『トモコレ』は、相変わらずやっているのだけど、熱は少し冷めてきて、「これっていつまでこんなことを延々と続けるの?」という疑問を抱いてしまった。敵を倒したり、問題を解決したりするわけではない、食べて、着替えて、交遊して、漫然と続く、暮し。
 それってこの世界じゃん、と気づいてしまった。
 中にいるのは各年齢の僕で、前回の記事で書いたが、42歳の僕もまた、僕が42歳を卒業した瞬間にこの中に入ることになるのだけど、じゃあ逆に今の俺ってなに? ゲームの中にいない、各年齢のパピローと友好を深めない、せっせと勤労して日々をこなす俺は、いったいなんなんだ? ゲームってなに? 人生ってなに? などと、分裂気味なことに苛まれ始めた。やる前から抱いていた印象で、また僕のコンセプトが特にそうなのかもしれないが、このゲームは、とても薄気味悪い趣味のものだと思う。精神においてとても薄情な部分がないと、このゲームを本心からは愉しめないのではないか。
 そんなことを思いながら、もうしばらくは続けようと思う。なに行為なんだろう。

2026年6月5日金曜日

島の名前は「MARIMOCCOTOPIA」


 あんなに「やる奴の気が知れない」とのたまっていた『トモコレ』を、始めてからは毎日きちんと欠かさずにやっている。パピローってそういう人。
 住人の数は現在16人。インターネットで日記を書きはじめた20歳を最年少としているので、2026年6月現在、作れるパピローの数は最大22人ということになる。もういっそぜんぶ出し切っちゃえよ、そのほうがいちいち新たな家の配置とか気にしないで済むだろ、という気もしないでもないが、なんとなく小出しにしている。
 新しい住人、すなわち新しい年齢のパピローを作成するとき、その当時の自分の境遇にきちんと思いを馳せ、丁寧に性格診断をする。この頃はいま思えばとても生真面目に生きていたな……、とか、このときはわりとイケイケだったよな……、などと情感に浸りつつ、項目を選ぶ。すると意外なくらい、パピローたちの性格の型は分かれる。性格は大きく4系に分類されるのだが、現在の16人の構成はというと、ナゴミ系4名、ノリ系4名、クール系3名、ドライ系5名と、ほぼ均一の配分になっている。子どもたちからは、「なぜひとりの人間なのにそんなに性格が変わるのか」と不思議がられるのだが、これが人生の蓄積というものだ。ティーンにはとても解らないだろう。
 人生の蓄積。
 当初のコンセプトとしては、俺ばっかりの世界で俺と俺と俺が仲良くしてハッピー、くらいの軽い気持ちだったのだが、住人を年齢別にしたことで、軽く人生の振り返りのようなことになり、望外の感慨深さのようなものを得てしまっている。最年少のパピロー(20)と最年長のパピロー(41)(42はまだ未作成なのである)が触れ合っている場面などを見ると、この間には20年余りの歳月があるのだなあ、僕はなんとか生き抜いてきたのだなあ、などと思う。『トモコレ』ってそういう感動をするためのゲームだったっけ。
 ちなみに現在、島で唯一の恋人関係にあるのは、これもかなりの年少と年長であるパピロー(22)とパピロー(40)で、先日はどちらかがプロポーズをしたいと相談してきたので、それはちょっと待て、と止めた。恋人関係までは覚悟ができていたが、結婚となるとさすがに理解が追いつかないというか、世界観がよく分からなくなってくるので、しばらくは控えてもらうつもりである。こんな世界にいまさら破綻もなにもないだろう、という気がしないでもないけれど。
 島の言葉や住人たちの口ぐせを設定するのもおもしろく、歴代のキーワードの選り抜きとしてはこれが最適だろうと、puropediaのcozy ripple名言・流行語大賞のページを印刷した。そして印刷したそれを片手にプレイに臨もうと思ったのだが、ちんこ関係の言葉があまりにも多いため娘の目に触れさせるわけにいかず、仕方なくそこから穏当な言葉を抜き出し、手書きのメモにして、それを傍らに置いてやっている。娘からは「なにそのメモ。なにそのプレイスタイル」と呆れられている。ファルマンからは、「普通はスマホとかで推しの顔を表示させながらMiiの似顔絵を作ったりするのにお前は自分の考えた言葉の手書きメモて」と丁寧にツッコまれた。速水真澄とチャン・ドンゴンとブラックジャックを作っている人になにか言われてもぜんぜん気にしない。
 島の言葉をいろいろ入力すると、たとえばこんなことになったりする。


 たしかになあ、と思う。たしかに密接に関係している。無自覚な欺瞞からの逃避とかって言う奴に友達がいるはずがない。本当にそうだと思う。
 でも前回『トモコレ』について触れた際にも書いたが、この世界だとこうなる。


 虚数友達。現実には存在しない理屈の友達。しかしそもそもがタイムパラドックスで同時に存在できるはずがないものが無数に存在している世界なので、そんなこともある。
 ちなみに初めて画像を載せた。switchの画像をパソコンに転送するのってどうやるのか、わざわざ検索して作業した。我ながらマメである。ブログの集積が『トモコレ』になり、そして『トモコレ』がまたブログになる。まるで自らの尾を喰らうウロボロスのようだと思う。
 パピローたちが着ているTシャツは、話しかけなくてもひと目で年齢が分かるようにするための工夫で、アイテム工房でわざわざ1枚1枚作っている。なんだかゲームの中でも現実とおんなじようなことをやっていることだ。
 ちなみに現在の集合写真がこちら。


 赤いスカーフと年齢Tシャツがこの島の制服。あと赤いビキニパンツがつい先日ショップに並んだので喜び勇んで大量購入し、いま順々に穿かせていっているところである。本当はビキニパンツを愛好するようになるのは30代半ば以降に限られるのだが、そこは創作的な部分として許容していただきたい(いったい誰に請うているのか)。
 それにしても多彩な顔触れである。愛しい。顔のパーツは基本的に一緒で、身長ももちろん一緒。本当は38歳以降くらいからは、それまでのふわふわした体から、それなりにがっしりとした体格になっているはずなのだが、残念ながらそういう項目はない。痩身か肥満かしかないので、そこは操作していない。
 今年の9月20日になったら、42歳であるこの僕も大いなる存在であるパピローの手によって掴まれ、こちらの世界に連れてこられるのだろう。いまから愉しみだ。

2026年5月30日土曜日

「スクみこっ! 紺な巫女ってありえなくない?」を読んで


 12冊目。2011年5月刊行。通し番号は189。
 あらすじはこちら。

 巫女として“神前の舞”を踊ることになった幼馴染み・綾とセシルの練習を手伝うことになった少年・小太郎。そして、対抗心に燃える二人は巫女袴+スクール水着という大胆なコスで過激なアプローチを始めるが!? スク水の幼馴染みが、紺なエッチなはずがない!!

 看護婦にバニーガール、魔法少女にウエイトレスと、これまでさまざまな衣装を繰り出してきた神楽陽子による、タイトル通りのスクール水着巫女という趣向の物語である。スクール水着巫女だから「紺な巫女」なのだが、そんな作者の趣味全開の不自然な設定はあり得ない、ついていけないと一笑に付す前に、きちんと説明を聞いてほしい。
 ふたりの少女のうちのひとり、綾が神社の娘なのだが、この神社はアメノウズメを信仰し、夏の祭りで巫女がストリップを披露するのが習わしだったという。しかし男の裸祭りでさえ自重される現代社会において、少女巫女によるストリップなど催せるはずがなく、仕方なく水着着用ということになった。そうなったとき、じゃあ水着はどんな水着であるべきかと言えば、それはやっぱりスクール水着ということになると思う。三角ビキニではないし、競泳水着でもないだろう。もちろんフィットネス水着でないことは言うまでもない。どこまでも自然な帰結として、スクール水着。かくしてここに、巫女服の下は紺スク水という状態が爆誕する。なるほど、と思う。この状況の誂えに、強引な部分はひとつもない。本当は裸だったのだ。しかしそれはあんまりだから、ということでスク水着用になったのだ。ここに作者の性癖による恣意なんか微塵も存在しない。あるのは少女を守るための優しさのみである。神楽陽子は決して女の子を悲しませない。そこがいい。
 物語は、祭り本番で行なわれる神前の舞いを、ふたりの巫女が泊まり込みで練習するのを、主人公の少年がサポートするという、その期間を描くものなのだが、だいぶ伝統的な儀式のわりに、指導役の大人の存在などは一切なく、それどころかほとんど舞いの練習風景の描写もない。それでは登場人物たちはなにをやっているかと言えば、もちろんずっとエロいことをしている。一緒に温泉に入ったり、神社の大事なお札が濡れたスクール水着に張り付いてしまったのを破れないようにそっと剝がそうとして愛撫してしまったり、終始そんなことをしている。そんな中、作中でほぼ唯一と言っていい、舞いの練習と言えなくもないシーンはこちらである。

「いいよ、ふたりとも、くっ……はあ、次は皮をムイムイして」
 続いて皮を剥き降ろしてもらう。しかし綾もセシルも両腕を背中で硬く固定されているため、手を使うことは許されなかった。
 かといって、唾液で汚れた唇で、包皮だけを器用に摘むのは難しい。
 ふたりは横笛を咥えるようにして、サオに優しく歯を立てた。
「ンぅふぐ、さきっちょ、むくの?」
「べとべとだ……えぁ、すべってひまう」
 そして嚙んだ部分を下へとスライドさせようとするのだが、右と左がばらばらに動くせいで上手に剥けない。
 皮を斜めに剥いただけでは、肉厚の笠が引っ張り戻してしまう。
「綾殿、私に合わせてくれ。っぷあ、こうやっへ、ンぐ、引きずるみたいに」
「そんなこと言われたって……に、ニオイだってすごいし、んぅふ?」
 タイミングがぴたりと合わないのは、セシルの唇は吸い付きがよいのに、綾の唇はすぐに息継ぎを挟むからである。
 その間もペニスは膨張し、「幹太り」の形になっていた。先端の薄皮が剥けないことにはエラを全開にできず、煩悶させられる。
「ちゃんと一緒に、はあ、息を合わせて……神前の舞いと同じだよ」
 少年のアドバイスに従い、綾とセシルがアイコンタクトを取って頷きあう。
 今度こそ唇は右も左も同時に剥き降ろし、雁首の黒ずんだ赤色が露出した。亀頭が水を得たように膨らみ、ぼってりと腫れあがる。これで勃起は完了だ。

 小太郎を巡って敵対ばかりし、こんなことで神前の舞いを踊れるのかと危ぶまれていたふたりだったが、小太郎の包皮を口だけで剥くという共同作業によって、初めて息が合った、これは感動のシーンである。こんな種類の感動もこの世にはあるのだ。ちなみになぜ少女たちの両腕は使えなかったかと言えば、小太郎が神社の注連縄で亀甲縛りのようにしていたからに他ならない。ふたりの少女はこのあと肛虐され、綾は射精だったからまだよかったが、そのあとに挿入されたセシルに至っては(小太郎のちんこがバカになっていたため)腸内に向けて放尿されてしまう。でもどうか安心してほしい。和姦なので、女の子たちはそれでとてもハッピーなのだ。もういちど言う。神楽陽子は決して女の子を悲しませないのである。
 練習がそんなものなので、この物語の根幹であるはずの神前の舞いがどういう顛末に終わったかの描写もきわめて簡素である。

 神前の舞いはそこそこの好評を博した。

 なんと以上である。一行である。すばらしい潔さ。たしかに神前の舞いは、3人がこのような状況に置かれることとなる理由として物語の根幹ではあるのだが、しかしそれはエロ小説としての根幹かと言えばそんなことはない。はっきり言ってどうでもいいのである。エピローグは、神前の舞いの本番がどうなったかについてこう触れたあと、祭りの最後に行なわれる打ち上げ花火を本殿の裏で3人で眺めながら、少年がふたりの少女からダブルパイズリフェラ奉仕を受けている描写に、その文面のほとんどが費やされている。正しい。読者はそれを読むためにこの本を手に取っているのであり、神事なんかにはなんの興味もない。
 そういう意味で、本作は神楽陽子の感覚の鋭さ、なにを描きなにを省くかのセンスの良さが存分に発揮された、良作だと思う。ちなみにこれは「スク水メイドがご奉仕します!」に続く、僕の中で勝手にそういうことにしている、スク水メイド3部作の2作目ということになるのだけど、よく考えるまでもなく、この物語の少女たちは巫女であって、実はぜんぜんメイドではない。ベスト10くらいの中で、ひとつだけ例外があるとかならまだ話は分かるが、メイド3部作と言っておきながらそのうちのひとつがメイドではないというのはなかなか豪胆な所業だな、と我ながら思う。

2026年5月23日土曜日

2009年から2024年、そして2200年へと ~おもひでぶぉろろぉぉん~


 つい先日、逆ゆっこ現象の話の際、男のちんこが女のおっぱい、ということを書いた。そのことはずっと書いている。長い間とにかく僕はそれをずっと唱え続けていると思っていたが、ちょうど「おもひでぶぉろろぉぉん」で読み返していた26歳の日記にこういう記述があったのだった。

 今年の初夏はちんこについてやけに考え、そしてぱたりと興味が収束したのだけど、その日々の中で携帯電話にメモをして、それ以来ずっと残っているというちんこに関する記述があり、もう秋になってしまって、ちんこについてことさらなにかを書こうという意欲もなくなってしまったので、いっそもう消してしまえと何度か操作をして、でも消したあとでやっぱりどうしても気になって、また同じ文面をメモするなんてことを繰り返していたのだけど、このままでは埒が明かないので、いっそ書いてしまうことにする。
 おっぱいはちんこである。
 これがそのメモの文面である。薄れゆく記憶と興味をたどって内容を思い出すと、たぶんちんこもおっぱいもそこから分泌されるものがミルクと称される共通点、そこからの発想だった。
 おっぱいって人類学とかだと、本来メスのオスに対する性的誘惑の効果を担っていた尻、これが二足歩行になった結果としてオスの顔の正面に来なくなって効果が望めなくなってしまったため、その尻の代替として(ポッキーの代わりのクッキーみたいに)おっぱいを膨らませることにした、と説明されるわけだけど、これってけっこう嘘くさい説だと思う。これより多少でも信憑性のある説が提唱されたら簡単に否定されてしまう程度の説だと思う(もっともこの前読んだ本に書いてあったのだけど、女性のおっぱいが赤ん坊への授乳のために存在するのなら、おっぱいはもっと哺乳瓶に似た「吸いやすい形」になっていなければ説明がつかず、実際にはあんな赤ん坊の鼻を圧迫してしまう丸い形になっているのは、その実用性を失ってでも男性に対して性的アピールを高めるためであり、だからボインは赤ちゃんのためにあるんやなくて、お父ちゃんのためにあるんやで、っていう話は大いに頷ける。でもこれはおっぱいが性的なものだということを証明している話であって、それが尻の代替であるという理屈にはぜんぜんならない)。
 そこで僕が提唱したいのが、おっぱい=ちんこ仮説なのだ。
 ところで僕は百合と呼ばれるジャンルがまるで好きではないのだけど、これのなにがダメかと言えば、百合にはちんこが存在しない、これが大いにダメなのだ。くっつけるだけでは絶対に得られない、棒で肉を抉る感触、これが大自然を切り拓いて文明を創造してきた人間の本能に直結し、まあ暴力性と言ってしまえばそれまでなのだけど、しかしそれが人間本来の動物的な快感に結びつくことは否定のしようがない。たくましく隆起するちんこは力の象徴で、武器のモチーフや崇拝の対象にだって容易になってきた。それは歴史が証明している。
 だからつまり人間は男も女も関係なく、みんなちんこが好きなのだ。
 しかしちんこは好きだが、大抵の男は男のことが好きではない。僕ももちろんそのひとりだ。ちんこはいいが、しかし男なんてものは自分以外は極力視界に入れたくないと考えて生きている。
 そんなわけだから、純粋理性批判の主人公というのは往々にして女性的なのだと思う。純粋理性批判の主人公は見た目はまるで女の子のようで、女装させればおそろしく似合い、周囲から勘違いされ女子校に入学してしまったりする。それもこれも男なんて極力視界に入れたくない僕のような輩のための配慮である。女性的すぎる主人公は、もはや世界を彩る女性キャラクターのひとりだ。しかしその主人公にはちんこがある。これでちんこがなければ百合になってしまっておもしろくない。ちんこがあるから迫力がある。女性しかいないようなきれいな世界でありながらパワーを兼ね備えている。しかもそのちんこはその主人公の見た目からは想像もつかないくらい逞しくあったりする。純粋理性批判はこれだから尊いのである。
 それで、だから男子っていうのも結局、ちんこと戯れたい生きものなのだ。と言うか日常的に戯れて生きているのである。切っても切れぬ間柄、切っても切れぬ愛だから、という意味では、男子とちんこと結びつきは女子とちんこのそれをはるかに凌駕する。
 しかし常に思う存分いじることのできるちんこを必ずひとつ持っている男子だが、ひとつだけできないことがある。それは口淫である。これはどうしてもできないわけじゃないが、相当な熟練の技を要する。大抵の人はできない。僕ももちろんできない。
 それで他の男の体を利用する人もいる。これはこれで理屈である。でもやっぱり他の男の体なんて気持ち悪くて見られない。どうしたって触れ合うのは自分か、あるいは女子がいい。
 そこで登場するのが女性のおっぱいである。
 乳房は陰嚢の代替であり、乳首は亀頭の代替であると考えてみてはどうか。乳頭から出る母乳はもちろん精液の代替である。
 しかしおっぱいがちんこの代替なら、やはりおっぱいは哺乳瓶(この場合はそれは陰茎)のような形になっていなければいけないのではないか、という意見もあろう。それに対して上の、「乳房は陰嚢の代替」という捉え方は卓見であると思う。これは日々宇佐木学園で陰嚢に対する認識を高めていた僕だからこそ気付けた結論だろうと思う。陰茎よりも陰嚢のほうがよほど大事だ。だから女性のおっぱいは細長くなくて、丸いのだ。
 ……とまあ、多分こんなようなことを考えて、メモを残していたのだった。
 書けたので満足です。
(「KUCHIBASHI DIARY」 2009年9月25日)

 発想のルーツはまさにこのあたりの時期にあったようで、まるでファミリーヒストリーのような感動がある。さまざまな礎があって、この自分がいるんですね。
 なにぶん17年前なので、もちろん現在の考え方とは違う部分もある。たとえば、自分以外の男なんて極力視界に入れたくないという記述があるが、この気持ちは今はない。これは筋トレを始めたことが大きく作用していると思う。今は男の体も(きれいならば)好き。
 あと代替ということを言っていて、そもそもその考え方が、今とは異なる。この頃はまだ人類学とか進化論とか、そういう、大学生的なものが体にまとわりついていたようである。なにぶんまだ26歳である。今はそういうアプローチではなく、プールの更衣室で友達のちんこを触る少年を目にして、「逆ゆっこ現象!」と直感で叫ぶだけである。バカになったのか、先鋭化されたのか、自分ではよく分からない。
 ゆっこは更衣室であかりの胸を揉む際、乳房と乳首、どちらを主に攻めるかと言えば、それはやっぱり乳房だろうと思う。「どれどれ?」と、乳房の成長度合、すなわちおっぱいの発育を確かめるのだ。その際、揉みながら指先で乳首を刺激したりはしない。それはさすがに話が変わってくる。しかし上の話で言うと、乳房=陰嚢ということになり、ならば今回の男子更衣室に現れた逆ゆっこは、逆あかりの、陰嚢を触っていたかと言えば、それは果たしてどうなんだろう、と思う。僕もそこまでまじまじと見ていたわけではなく、「あいつ友人のちんこを触ったよ」とかろうじて認識できた程度なので、それが主に陰嚢だったのか、あるいは陰茎だったのかは定かではない。でも普通に考えて、こういうときに触るのは陰嚢ではなく陰茎なのではないか、と思う。ぶらぶらさせて遊ぶのは往々にして陰茎であろう。
 異議あり!
 検事の発言を許可します。
 弁護人は思い込みでものを言っています。陰嚢がやけにたぷたぷし、ぶらぶらするコンディションの時も存在します! そもそも男性器の本体は肉棒よりもむしろ金玉肉袋にあります! なのでここで逆ゆっこが触ったのも、そちらであるという可能性は否定できません!
 異議あり!
 弁護人の発言を許可します。
 検事の主張を否定します。なぜなら少年たちは遊泳を終えたあとだったからです。遊泳を終えたあとの陰嚢がたぷたぷしているはずはありません。当時は縮んだ陰茎がかろうじてぶらぶらする程度の状態だったと考えるべきで、逆ゆっこが触ったのも当然その部分であると捉えるべきです。違いますか。
 検事、異議はありますか?
 …………くそっ。
 弁護人、続けてください。
 そもそもゆっこの目的、胸を揉むことの大義名分はなんだったでしょうか。それはあかりの発育を確かめるためです。ならば逆ゆっこが逆あかりのちんこのどこを触るかは、火を見るよりも明らかです。成長もとい伸長がよしとされる部位、それは肉棒です。少年たちはいつの時代も、Seventeen Centimeterianを目指して生きるのです。もちろんなかなかそこまでたどり着けるものではありませんが。ただしここで大事になってくるのは、2009年のパピローが唱えた乳房=陰嚢理論、これが誤りであり、実際は乳房=陰茎が正しいのだとしても、一方の乳首=亀頭理論、これは正しいということであります。ゆっこがあかりの乳房を揉む際、乳首に重点は置かないにしても、どうしたって乳房全体に手を這わせようとしたら、意図せず中指が乳首に掛かることだって十分あり得るように、逆ゆっこが逆あかりの陰茎を触る際、そのとき根元・中腹・先端のどの部位を目がけるのかと言えば、それは陰茎の形状からして、どうしたって先端ということになるわけで、すなわちそれは亀頭ということになります。逆ゆっこは逆あかりの亀頭を触るのです。もういちど言います。逆ゆっこは逆あかりの亀頭を触るのです。逆あかりってなんですか。暗がりですか。
 さらに話を進めるならば、陰嚢は更衣室でゆっこ陣営が狙う対象ではないと考えた場合、ゆっこ陣営は更衣室という特殊な空間であかりのプライベートゾーンにいたずらをすることを目的とするわけだから、「水着で隠す部分がプライベートゾーン理論」の発展型として、「水着で隠す部分≒ゆっこ陣営が更衣室でいたずらする部分がプライベートゾーン理論」が提唱でき、だとすればゆっこ陣営の標的にならない陰嚢はプライベートゾーンではない可能性までもが浮上してくる。うすうすそんな気はしていた。陰嚢はたまたま(世界初のダジャレ)少しはみ出しているだけの、実は内性器であり、女性のヴァギナを掘削する凶暴性を持つ陰茎のような危険性および秘匿の必要性には該当しない。ましてやなにかを分泌する孔があるわけでもない。だから本当は、陰嚢の部分の水着の布地はなくてもいいのだ。肛門と同じく、そこはプライベートゾーンではないからだ。たぶん西暦2200年くらいの水着はそうなっている。昔はここも隠してたんだよ、と言って露出した陰嚢を持ち上げてみせる大人の言葉に、西暦2190年代生まれの少年少女はびっくりする。ウソだー! めちゃくちゃモサいじゃんよ! 昔の人たちはよくそんな恥ずかしい恰好で泳いでたもんだぜ! そんな平和な未来が訪れますように。この記事は、まさかの世界平和を願うオピニオンブログだったのだ。思想がいかつい!

食欲・40枚・トモコレ


 早くも真夏日なんかが出始めていて、それに合わせて順調に食欲のトーンが下がる気配を感じ取っている。思えば去年の夏はひどかった。スーパーに行ってもなにも買いたいと思わず、そのため日々の献立にとても苦難した。今年はどうかあんなことにはなりませんように、という思いは強く、実は初詣でそのことを祈願さえした。そのくらい去年はつらかった。
 もちろん神頼みだけではなく、自前での対策も考えている。去年やってしまった痛恨のミスとして、暑くなって食欲が減退し、献立を考えるのが少し難しくなったタイミングで、ファルマンに「なにか食べたいものはないか」と訊ねてしまった、というのがある。これを今年は絶対にやらないつもりだ。ファルマンという人は、食欲のブラックホールみたいな人で、それだとまるで食欲の権化のようだが、そうではなく、ファルマンの周囲に近づいた食欲という食欲は、そのぽっかりと開いた深淵に吸い込まれ、無になってしまうという、そういう意味である。そのくらいファルマンは食べることに関して意欲がない。その圧倒的な意欲のなさは、時空を歪め、こちらの食欲までをも吸い込むのである。
 だからファルマンと食べ物の話は絶対にしてはいけない。基本的には一年中そうだが、特にこちらが弱っている夏はいけない。このことを今夏はくれぐれも肝に銘じ、たまにオレンジページなど眺めながら(オレンジページを眺めているところを食欲ブラックホールに目撃されたら、オレンジページなんかを読む自分はなんとくだらない人間なのかという気分にさせられるので、隠れて読まなければならない)、なんとか低空飛行でも渡り切ろうと思う。

 水着が売れた。しかも20枚のまとめ買いである。よっしゃ。
 よっしゃと思うと同時に、今回それをリクエストして買ってくれたのは、以前に10枚のまとめ買いを2度してくれた方だったので、だとすると、この人は俺の作った水着を合計40枚(おまけでプレゼントした分を含めたらさらに)持っているのだと思い至り、それってものすごいことなんじゃないかと思い始めた。
 水着40枚。たぶん人が一生で買う水着の数の平均を超えている。でも買う人は買う。水着は下着ほど数多く買うものではないから、商売としてのパイは小さいという認識がなんとなくあったが、僕自身、「いちど穿いた水着はもう穿かないチャレンジ」をしていて、その行為がものすごく愉しいように、水着は実用性とは分離したところで、バリエーションを有する意義があるのだと、今回のご購入により思いを新たにした。水着って、Tシャツとか靴とかと一緒なんだ。回すだけなら3つ4つあれば足りるけど、そういうことじゃないんだ。
 あるいはこれは別の発想になるのだけど、ひとりの人が40枚の水着を求めるのはやはり不自然であると考えるならば、もしかするとこの方は、なんかしらの団体の主催者なのかもしれない。どういう団体なのかは想像もつかない。想像もつかないが、そこに集う男性たちは、みんな僕の作った水着を穿いているのである。それはそれでおもしろいと思う。
 とにかく在庫が捌けて嬉しい。さて張り切って作らなくっちゃ。

 「トモコレ」をこつこつとやっている。日々パピローを作りまくっている。最初に(20)、その次に(25)を作り、それから5歳おきに(30)、(35)、(40)までを作ったあと、そこからは(22)と、さらには(37)を作った。そして思い描いた通りに、各年代のパピローが、たとえばパピロー(40)とパピロー(25)が友達になったりしていて、なんとも感慨深い気持ちになる。僕がブログおよび「おもひでぶぉろろぉぉん」でやりたかったのは、つまりこういうことだったんだな、と思う。いっそのこと住人の各人が、日々の出来事をブログ形式で綴ってくれたらいいと思うが、どうやらそういう機能はないようで残念だ。
 島での日々は、服を着替えたり、部屋の内装を変えたりと、やはりファルマンが言うように「これはおままごと」という感じで、完全に作業として、平板な心でやっている。本当は島のことなんてどうでもいいのだ。パピローとパピローが密に絡み合えばそれでいいのだ。
 先日もパピロー(30)とパピロー(35)が友達になるにあたり、なんの話題について話をするかと問われたので、年齢的にちょうどいいと思い、「友達がいないこと」と入力したら、ふたりは「友達がいないこと」で話が盛り上がり、意気投合して、友達になっていた。まるで二乗したらマイナスになる、虚数のような友人関係だと思った。
 しかし「友達がいないこと」はもちろんいいのだが、パピローたちが話す話題として、本来ならば(もしも一堂に会することが実現したとしたら)、もっと下卑たテーマが出てくるはずで、「二次元ドリーム文庫」であるとか、「勃起」であるとか、「ぱぱぼとる」などのワードを入力したい気持ちがある。しかしゲームはリビングのテレビ画面でやっていて、娘たちも見るので、さすがにそれはままならない。つまり歴代のパピローと言いつつ、この島の住人はみな、エロい話を一切しないパピローたちである。そんなパピローがいるのか。それはパピローの上澄みに過ぎないのではないか。
 そんなことを思いながら、日々やっている。なんだかんだでわりと愉しんでいる。

2026年5月17日日曜日

記録・冊子・おもひで島

 3月から再開された今年度のプールライフで、「いちど穿いた水着はもう穿かないチャレンジ」をしている。つまり毎回ちがう水着で泳いでいるということだ。
 製作された水着は車内に置いてある専用のバッグに入れられ、プールに行く際はそこからその日の気分で1枚を選ぶ。そして遊泳に用いられると、その水着はもう車内には戻されず、家で待機となる。そういうシステムでやっている。これでいちど穿いた水着をもういちど穿いてしまうミス(たぶん世界で俺だけにとってのミス)は防げるが、さらに予防策として、遊泳後の着用姿を写真に撮り、その記録も残してある。これにより、どの日にどの水着を穿いたかというのも、必要になるかどうかは別として、明確にできる。
 ついでに言えば、月間記録表みたいなノートに、数年前から射精と水泳のふたつのデータを記録しているのだが、この水泳の書き込みに関して、その都度それが今年何回目の水泳であったかを記しておけば、それがすなわち穿いた水着のバリエーションということにもなるし、年末にわざわざ総計を数える手間が省けるのだと気づき、先日からそうしている。ちなみに今日現在までに、24回泳いでいる(つまり24通りの水着を穿いた)。3月1日から約75日でその数字なので、ほぼほぼ3日に1回のペースということになる。まあまあだな。
 射精に関しても、同じことをやろうと思えばできるのだが、もちろんしない。毎年とても盛り上がり、もはや年末年始の日本の風物詩と言っても過言ではない年精数の発表が、これをしてしまったらぜんぜんおもしろくなくなってしまうからだ。自分が何度射精したのか分からなくなるところに、射精の情趣はあるんだと思う。

 ファルマンの出身校に今春入ったポルガは、なんとファルマンのかつて在籍していた部活に入部したのだった。もちろん憧れの母の背中を追って、ということではなく、本人のやりたいことがたまたまそうだったというだけの話である。
 そんな部活動で、新入部員にとある冊子が配られた。初心者のための練習マニュアル的な、手書きのコピーをホチキスで綴じた素朴なものである。受け取ったそれを開いて内容を眺めていたポルガは、途中で「……おや?」と思ったらしい。
 これってもしかして……?
 そこで先輩部員に、これはいつ頃からあるものなのか訊ねたところ、2年生の、16歳のその先輩の答えは、たぶん何年か前じゃない? という不確かなものだったという。
 その日、帰宅して母にその冊子を見せたところ、母は「ひっ!」と言葉を失くした。
 それは今から約四半世紀前、ファルマンが上級生だったときに、主体的に作った冊子だったからだ。そのため文字やイラストは、ファルマンのものが数多くあった。だからポルガも気付いたのである。これはたぶん私の母が作ったものである、と。
 それが先月の下旬くらいの話で、ちょうど衣替えのタイミングだったため、押し入れにストーブを仕舞い、代わりに扇風機を取り出す際、ファルマンは奥深くに眠るパンドラの箱を開け、「これが元々のもの」と、見せてくれたのだった。なにをか。部に四半世紀に渡って代々伝わる冊子の、初版をだ。
 ふたつを見較べると、25年の間にある程度のブラッシュアップはなされたことが窺えるが、ファルマンの担当したページはけっこう残されていて、万感の思いが込み上げた。この万感は、エモさとキモさが、本当にちょうどハーフハーフで構成されている万感であった。25年の時を経て同じ学校の同じ部活に所属した娘にそれが届いたというのは、エモく仕立てようと思えばだいぶエモくなる気もするし、その一方でやっぱり絶対的にこれは気持ち悪い種類の話だろ、という気もする。簡潔に、思考停止気味なコメントを述べるとするならば、「さすがファルマン」というところになるだろうか。
 自宅で確認を取ったポルガだが、部活でこのことは打ち明けていないらしい。それはそうだろう。四半世紀、いまの上級生の先輩の先輩の先輩の先輩も、ずっとそれで練習してきたマニュアルの、作者の娘なのである。重すぎる。サラブレッドすぎる。隠しておいたほうがいい。そして上級生になった暁には、ポルガが主体となってこの冊子を刷新(ダジャレみたいになった)すればいいと思う。こういう伝統って、後の世代になると由来が不明だから誰も変えられなくなるわけで、それを気兼ねなくできるのは、この世でポルガだけだ。
 そしてそれがまた四半世紀受け継がれたりとか。

 なんと「トモコレ」を始めてしまう。趣向は、以前このブログに書いた通り、年齢別の僕ばかりがいる世界にした。それ以外のコンセプトでやろうとは思わない。
 昨日、最初に「パピロー(20)」を作り、今日「パピロー(25)」を作った。呼び名は、本名にしようかとも思ったが、もしかするとこのブログに画像などをアップすることもあるかもしれないという打算が働き、パピローとした。20歳のパピローは大学生なので金髪で髪が長めで、25歳のパピローは社会人なので髪は少し短めで黒い。ふたりは既に友達になった。友達になるにあたり、ふたりでどういう内容について話すかと問われたので、悩んだ末に「ファルマン」とした。それで意気投合した。ただし島にファルマンが現われることは決してない。完全に僕しかいない島にするつもりだ。もちろん誕生日はみんな9月20日だし、性別は男。そして恋愛対象は男性と女性の複数選択。さてこれからどうなっていくだろう。とりあえずなるべく1日にひとりずつ作っていこうと思う。しかし30代の自分がどういうキャラだったか、自分でよく思い出せない。おもひでぶぉろろぉぉんが間に合わない!

2026年5月16日土曜日

2009年を生きた25歳の僕を囲う会 ~おもひでぶぉろろぉぉん~


 もう少し25歳の僕のことを語りたい。本当はがっつり2晩くらい語りたいのだ。そして語るにあたり、話し相手がいたらいいなと思う。そうしたらもっと盛り上がるに違いない。初めて推し活仲間の存在を欲したような気がする。SNSで募ってみようか。僕が好きな人と繋がりたい。でもたぶん手を挙げるのは僕だけだ。もしかすると広大なweb上には、僕じゃない僕がいて、僕と僕について語り合ってくれるかもしれないとも思う。
 さて2009年である。17年前である。日記を読んでいてふと気付いたのだけど、この時期、僕はまだスマートフォンを持っていないのだ。僕は、と言うか、日本でのiPhoneの発売が2008年からであり、いま対話型生成AIに訊ねたところ、2009年当時の日本のスマホ普及率はなんと1%ほどだったという。まだそんな時代だったのだ。そして普及率が1%ともなると、「持っていない」という言及もするはずがないので、逆に見落としがちになるけれど、この時代、人はまだ、対話型生成AIはもちろんのこと、LINEもGoogle mapもサブスクもない世界を生きていた。いまそれらのサービスが快適にやってくれることを、どうにかこうにか、わりと自力でやっていたのだ。なんだかすごい。大袈裟に言えば、それはもう現代じゃない。昔だ。これが平成レトロというやつか。応仁の乱、マジつらかったよね。
 こんな記述がある。

 ウォークマンが壊れた。パナソニックのSDウォークマン。それの初期のほうのやつだから、なんだかんだでかなり使った。直接ポケットに入れたり鞄に入れたり、扱いはぜんぜん丁寧じゃなかったのに、ずいぶんもったものだと思う。次に買うとしたらやっぱりipodなのかな。そもそもパナソニックはウォークマンやめたっぽいし。カセットやMDの世代として、意地でもSDに固執したい気持ちがあったが、でもそういうのの魅力ってなにかと言えば、自分で編集したベストソング集の入った記憶媒体を、友達とかクラスメイト同士でやりとりするみたいな、そういう点にあるわけで、こんなにもSDウォークマンが流行っていない状況ではそれがままならず、もちろん僕もこのウォークマンを使っていた数年間で、いちどもそんなことはできず終いで、だとしたらこれはただの、ipodほど便利じゃないポータブルプレイヤーに過ぎないので、どうしようもない。ちなみに故障具合は、充電はできるのだけど、パソコンに接続してデータを落とすことができない状態。つまり今SDに入っている曲だけでずっと満足するほかない。構わないよ。ある意味これは、飽きっぽい、音楽作品を使い捨てする、てめえらipod野郎たちへのアンチテーゼだよ。このウォークマンを使うってことは、まるでボロボロの学ランを羽織っているような気分だ。エリート私立校に転入してきたバンカラのような気持ちで、しばらくは街を闊歩したい。そしてそのうちipod買おう。
(「KUCHIBASHI DIARY 2009年8月25日)

 SDウォークマン! あった! 使ってた! なんという時代の徒花アイテムであろうか。ちなみにiPodの発売は2001年、miniが2004年、nanoが2005年なので、2009年当時、iPodは既にぜんぜん一般的なものだった(こうして見るとiPodとiPhoneって思っていた以上に間が空いているんだな)。そんな状況下でSDウォークマンを愛用していたというところに、僕をはじめとする僕推し連中のトークは大いに盛り上がる。酒が進む。
 先日、映画の「間宮兄弟」を観たのだけど、この中で塚地演じる間宮弟が、好意を寄せる人妻に自作のMDを貸そうとしたところ、人妻がおもむろにトップスの合わせを開いて、そこにはiPod的なシュッとした音楽プレイヤーが首から提げられており、なのでMDは必要ないし、さらに言えばあなたからの好意に迷惑している、ということを伝えるシーンがあった。おもひでぶぉろろぉぉんでこのあたりの記述を読んだのと、その鑑賞が、ほぼ同じようなタイミングだったので、これはとても劇的に印象に残った。ちなみに映画の公開は2006年である。2006年には既にMDは時代遅れになっていたし、ましてやSDウォークマンなどというものは、話の俎上にも上がらないのだった。
 ちなみにだが、僕が自分を含めた世代のことを「MD世代」と命名するのは、2009年よりもあとのどこかである。この時代にはまだその自認にたどり着いていない。愉しみだな。
 続いてこの話の顛末ということになるが、こんな記述があった。

 ファルマンからひと足早く誕生日プレゼントをもらう。iPod shuffle(4G)だ。小さい!
 音楽の入れ替えができなくなったSDウォークマンを固執して使うことは、結局あまりなかった。割とすんなりとiPodに移ってしまった。だってひと晩充電して50分くらいしか動かないんだもの。移るほかないだろう。でもpapiroのそういう柔軟さ、僕は好きだな。
 アップルストアで注文して今日届いたのだが、そんな今日にちょうどアップルのiPod新バージョン発表ニュースがあってびびった。幸いなことに僕のもらった4Gのシャッフルは、いちばんショックが少なかったんじゃないかと思う。8800円だったものが7800円になったようで、1000円分のショック。色が3色追加されたことに関しては、それでも僕はシルバーを選んだろうから被害はない。買うとき1Gと4Gで迷ったのだが、1Gにしていたら同じ値段で今日から2Gになったみたいだから、これは割と哀しかったろうと思う。とは言えその哀しさも、nanoにしていた場合ほどではないだろう。nanoはそもそも選択肢になかったが、本当にこのタイミングで買わなくてよかった。
 ところでアップルストアで購入したため、刻印サービスというのがあるのだ。と言うか割とそれにひかれてオンラインで買った面がある。入れた文字は言うまでもないだろう。「ファルマン I LOVE YOU」だ。嘘だ。「NAYAMUKEDOKUZIKENAI」です。クリップの鏡面部分、リンゴのマークの下らへんに刻印されている。素敵。Apple×NAYAMUKEDOKUZIKENAIの、世界にたった1台のコラボモデル。iTunesの操作はまったく解らなくてムカつくのだけど、大事にしてゆこうと思う。
(「KUCHIBASHI DIARY 2009年9月10日)

 iPod shuffle。やっと持ったかと思ったらshuffle。この青年はいったいどこまでひねくれるのか。なぜ素直にminiやnanoにしないのか。そんな性分では、これから先も生きるのが大変じゃないのか。青年の多難な前途が予期され(結果として確定し)、ひとり気を揉む。
 あとこれは過去の記憶媒体の話の際、絶対的に感じることとして、数字が小さい。1ギガとか2ギガとか4ギガとか、そういう話を大真面目にしている。いや、1ギガってすごいけどね。たぶん僕は最初の頃、128メガバイトのUSBメモリを、1000円以上とかの値段で買ってたからね、その頃に較べればもちろんすごいのだけど、それでも2026年の感覚からすると、ままごとのように思えてしまう。きっと今が異常なのだけど。
 あとこれも隔世の感として、日記の記述によると、なんか値下げ的なムーブがあったらしい。これも信じられない。アメリカの企業が、商品を値下げすることなんてあったんだ。もっとも2001年に発売された初代のiPod(5ギガ)のお値段は47800円とのことで、それの持つ機能のことを思うと、今の感覚からすればものすごく高いのだけど、それでも当時は十分にその価値があったわけで、物価というのは水物だな、としみじみと思う。
 このときのiPod shuffleについては、おそらくこのあとの26歳以降の日記でも、なんかしらの記述はあるだろう。それなりに使ったような気がする。当時は都内在住で、自転車や電車を利用していたので、僕だって移動中は音楽を聴いていたはずだ。ただしその頃どんなものを聴いていたのかは、まるで思い出せない。今はもう無きiTunesで管理していたはずだが、もちろん跡形もない。はかない。こういうときMDだったら、手書きの曲目のラベルシールがあるので、ちゃんと懐かしめるのに。
 あと話はがらりと変わるのだけど、こういう記述があり、おお、と思った。

 モーニングを読んでいたら福満しげゆきの妻が妊娠していて、うわあ、と思った。火曜日のアクションのほうで「次号重大発表!」となっていたから、<ドラマにでもなるのかな>と考えていたのだけど、まさか妊娠とは思わなかった。僕は「僕の小規模な生活」から入って、「僕の小規模な失敗」とかを最近まとめて読んだ人間なので、作者の冴えない青年時代がまだぜんぜん最近のことのように思えていて、作者が今ではアクションとモーニングで連載を抱えている割と売れっ子漫画家だ、というイメージをまだあまり掴めていなく、そのために奥さんが妊娠という発想がまるで浮かばなかったのだった。しかしめでたい。嬉しい。青年時代の冴えなさを漫画で見ているだけに、今週号のモーニングのしあわせな妊娠発表はよかった。きれいに人間讃歌が決まった感じで、もう最終回でいいんじゃないかとさえ思った。だって漫画の性質上、出産後は子どもと3人での生活が描かれるのだろう。それってなんか違う気がする。もちろん愉しみな部分もあるけど、子育てコミックエッセイでは違和感も大きい。さてどうなるのかな。
(「KUCHIBASHI DIRY 2009年9月2日)

 福満しげゆきは、もうすっかり子育てコミックエッセイの印象の人になっているので、そうなりそうなことに違和感を抱いていることに、とても違和感を抱いた。そうか。ならばもしかしたら、福満しげゆきの原理主義者みたいなのがまだこの世には残存していて、現在の子育てコミックエッセイに対し、忸怩たる気持ちを抱いているのかもしれないな。
 あとこんな記述も感慨深かった。

 今日は作業的な労働をやって、その際に埃対策としてマスクが配られたので着けたのだけど、そうしたらマスクが非常に臭くて往生した。あんな狭い空間で息を吸ったり吐いたりして、唾が飛んで唾液が攪拌されたら、それは臭くもなろう。後半など大便のようなにおいさえしはじめ、なんだか哀しくなった。(たぶん)僕の口は基本的には臭くなくて、でも空気に触れた唾液にはどうしたって若干の臭さはあり、その小刻みのジャブがマスクの繊維に蓄積してゆくことによって、強烈ストレートな大便の臭さに昇華された感じだった。インフルエンザ予防って言ってあいつらみんなこんな大便のにおいを嗅いで生活してんのな。ありえんわ。臭さに呼吸が整わず、意識が朦朧として、体調が崩れるかと思った。やはりマスクの奨励には大いに欺瞞を感じる。
 それとファルマンの歯痛が続いていて厄介だ。痛くて眠りが浅かったりもするようで、「じゃあ痛み止めの薬を飲めよ」と僕は言うのだが、「薬はなるべく飲みたくない」と拒み、その一方で「インフルエンザが怖い」とか言うのだからどうしようもない。結局ファルマンは僕の言うことはぜんぜん聞かず、どこの馬の骨が書いたか知れないネットの意見ばかりを信用する。
 昨晩など寝る際に歯痛対策として「枕だと頭が高すぎて顎に負担が掛かるからタオル程度のものを敷いて寝るとよい」みたいな阿呆な記述に騙されたらしく、実行していて、そしてそれはどう見ても寝心地が悪そうで、ムカついたのでタオルを没収して枕を置き、ついでに痛み止めの薬を飲ませて寝かせた。インフルエンザが怖いのならどうか安眠して万全の体調でいてほしい。どうか軽薄な矛盾した行動は取らないでほしい。
 ちなみにファルマンの会社ではインフルエンザ対策として「人ごみに近付くな」というお触れが出ているそうで、それには販売業の人間としてひどく憤りが湧いてくるのだった。「地球最後の日になにがしたい?」「最高級フルコースが食べたい」みたいな、誰が地球最後の日にお前に料理なんか作るよ、という厚顔さを感じる。高速道路無料化に反対する「高速道路を使わない人間の税金も使って賄うのはおかしい」論法の、じゃあもうお前は近所の牧場に行って肉をもらい近所の畑に行って野菜をもらって、地方産のものは一切享受せずに生活しろよ、という感じにも近い。その人が強欲で奔放なキャラクターを標榜するならまだしも、「人ごみに近付くな」も「最高級フルコース」も「高速道路を使わない」も、正論のようにいけしゃあしゃあと、なんかしらのことを自分は言っているみたいな顔で唱えるから嫌だ。
(「KUCHIBASHI DIARY 2009年9月15日)

 2009年はまだ、(ほぼ)スマホ前だし、東日本大震災前だし、コロナ禍前である。
 この正義の青年は、ここから干支ひと回りの12年間くらいで、とてもさまざまな体験をし、そのたびに世界に対し、義憤に駆られたり、諦観したりする。そして結果的に、「この世で自分しか愛しくない」という境地へと達する。おもひでぶぉろろぉぉんはその軌跡をたどる旅。愉しい。こんな愉しいことが人生に待ち受けていただなんて。解る。俺もそう思う。俺も。俺も。俺も。よーし、じゃあ改めて乾杯だー。ウェーイ。

2026年5月11日月曜日

25歳の僕賛歌 ~おもひでぶぉろろぉぉん~


 ずいぶん長く一緒にいた25歳の僕と、とうとう別離した。
 一抹の寂しさがある。もちろんその次の記事からは26歳の僕が現われていて、そして26歳の僕というのは、25の僕に対して、まったくの別人ということではなく、実は同一人物だったりするのだが(ネタバレだけども)、しかし当時の日記を書いている僕が、本当はみんな同一人物で、すなわち現在の自分もまたそこに含まれるのだと考えると、僕はひとりぼっちということになってしまい、それは寂しすぎるので、やっぱり年齢で区切って、小学5年生のタエ子のように、僕は25歳の僕から26歳の僕へとパートナーを替えたのだと考えたい。未来の僕は、過去の僕に対して、圧倒的に強い立場にあり、どれほど相手をしてやるかの裁量は完全に委ねられている。やろうと思えば、とっかえひっかえできる。であればこそ、身勝手にぞんざいに扱うのではなく、気が済むまで慈しんでやりたい。実際、びっくりするくらい愛しい。過去の自分の愛しさ、半端ない。抱きしめてやれないのがもどかしい。
 25歳。24歳の最後のほうに入籍をしたので、既婚者としての人生がほぼここから始まっている。ちなみに26歳の5月にはファルマンの妊娠が判明し、実際のポルガの誕生は27歳になってからとは言え、やはりその時点で父親になる路線は確定したわけで、だとすれば僕の人生で、子を持たない既婚成人男性という肩書を持つのは、25歳の僕だけだということになる。そういう1年だったのだ。25歳の僕の特殊性は、そういう部分にあるのだろう。
 西荻窪のレンタルボックスでヒット君人形などを販売したのも25歳の出来事で、いま振り返れば貴重な体験であったと思う。「月刊少年 余裕」という同人誌を作ったのもこの時期。「月刊」はもちろん最初からジョークのつもりだったが、数ヶ月や、あるいは数年後くらいには、2号3号を作るだろうと思っていた。思っていた以上に作らなかったな。見切り発車でスタートし、期せずしてそれまでの日記活動の振り返りのようになったTシャツデザイン企画もあったし、「puropedia」も立ち上げ、さらにはブログの製本もした。もともとその兆候はあったが、どうもここらへんで僕の自己愛は躍動しはじめたようである。42歳の僕が25歳の僕を愛でるように、25歳の僕は20代前半の僕のことを愛でていた。
 8月31日の日記にこうある。

 製本日記を読んでいたら、昔の自分が、本を読めなくなってきている自分を憂い、その原因をこの日記にしていた。曰く、毎日ここに文章を書かなければならないから本を読む時間がなく、アウトプットばかりでインプットがまるでないから、このままでは自分は薄っぺらな人間になってしまう、ということだった。若い。「インプット」「アウトプット」という言葉が大学生っぽくて恥ずかしい。
 その頃よりもさらに本を読まなくなった現在の自分から、当時の自分へのメッセージとして、「自分」というのは必死に本を読んで保たれるような、そんな薄っぺらいものではなく、むしろアウトプットすればするほど、世界で他の誰も研究していないpurope★papiroという人格は掘り下げられ、そこから無限のインプットが生まれてくるのだ、と言いたい。
 言ったら23歳の僕はドン引きするだろうな。
 約3年後の俺、どんだけ自分のこと好きなんだよ、と。

 さらに次の日にはこうも書いている。

 つまりインプットっていうのはなにかを「入れる」ことではなくて、自分の中に「入る」ことなんだよ、っていううまいことを昨日の記事をアップしたあとに思いつき、眠る直前のファルマンにパピロートークしたら、「かんめーをうけた……ZZZ」と言ってくれたので、こうしてわざわざ書いた。

 まず間違いなく26歳のファルマンは本当には感銘を受けていないのだけど、そんな若い夫婦の閨を覗き見ている(ドラえもんのタイムマシンの穴のようなものから見ている)42歳の僕は、きちんと感銘を受けた。そうは言っても書店員だった当時に較べ、いまの僕はさらにさらに本なんか読まなくなっている。もはや書籍なんて二次元ドリーム文庫しか読んでいない。でもなんの問題もない。その根拠はまさにこのときの理論にあって、インプットなどしなくても、僕には人生で使い切れないほどの資源を蓄えた沼へ、日々イントゥプットしているので、よそから持ってくる必要などないのだ。この考え方は、25歳に確立していたのか。
 続いて9月8日の日記。

 そもそもpuropediaを作りはじめたところらへんがその序曲だったと思う。なにしろweb2.0の最大特徴というのは「集合知」だった。みんなで知識やデータを持ち寄って、wikipediaなりYouTubeなりの巨大データバンクを作り上げる時代、それが2.0ってことだったろう。だからそれに対してのpuropedia。パピフェス。宇佐木学園ぴょんぴょんブログ。
 一向に全貌が明らかにならない宇佐木学園ぴょんぴょんブログだが、実を言うとこれは架空のブログであり、ガーターリングテイオクオフショーツソックスやランジェリー期末試験など、学校にまつわる言葉がこのクチバシダイアリーで出た際、「あはっ、これ宇佐木学園ぴょんぴょんブログの校則にしようっと」と言うときに名前だけ登場する、そういう存在なのである。
 このブログは新しい。画期的だと思う。ブログと言いつつ実はブログじゃないのだ。幽玄の存在。web2.0とか3.0とかそういう次元じゃない。だってweb上には存在しないブログなのだ。それは僕の心の中にだけある。こんなブログ見たことない。でもあるいは逆に、誰もがこんなブログを抱えて生きているのかもしれない。みんな誰かの愛しいブログなのかもしれないね。
 そんなわけで、webマイナス3.0、開幕です。

 web2.0って懐かしい。3.0ってあったの? SNSとか? それとももうあんまりそういう言い回しはしなくなったのだろうか。ともあれ、僕はここでマイナス3.0を宣言し、存在しないブログを存在させ始めた。この時点で既にブログを作りすぎていて、リストカットを繰り返す人が痛覚をなくすように、尿道が緩い人が小便を漏らしていることを知覚できなくなるように、もうブログを作る感覚が狂ってしまったらしい。
 宇佐木学園ぴょんぴょんブログは、はじめ存在しないブログとして存在していたのだ。そのことにびっくりする。なぜなら、そのブログは2026年時点で、実際に存在しているからだ。虚構がいつの間にか現実になっているから、webマイナス3.0はやっぱり幽玄の、量子論的な、存在と不在が遍くマーブル状に入り乱れる、捉えづらい観念なのだと言える。
 25歳の僕は、宇佐木学園ぴょんぴょんブログの実体を持たなかった。26歳になった瞬間、僕はそれを持った。なぜならそれは、25歳の僕が、「いろいろ一生懸命がんばった25歳の自分へのご褒美として」自分に贈ったものだからだ。自分と言いつつ、25歳の僕から26歳の僕へのプレゼントなのである。25歳の僕はそんなことまでしたのだ。愛しすぎるだろう。

2026年5月9日土曜日

股間周りの話3選


 GWに陰毛をすべて剃るということをした。頭髪のほうは、いまやけに伸ばしていて、外出時は結ぶというところまでまた来ているのだが、こと陰毛に関しては、気温の高まりを受けて、素直に全剃りしたのだった。作って穿いている水着が大変なローライズにつき、気を抜くと上端から陰毛が覗けてしまうので、これまでも上部のほうは剃り、全体のボリュームも抑え目に調整していたのだが、ここに来ていっそなくしてしまえと、やってしまった。ざっと目を通しても記述を見つけられなかったが、たしか去年もおととしも、こんなような時期に同じことをしたように思う。ちなみにだが、いちど剃ると濃くなるなどという伝承は真っ赤な嘘である。
 生えていることに鬱陶しさを感じたから剃ったわけで、なにもない状態に対し、身軽さや爽快感を得るのだけど、それと同時に、陰毛が生えていることへの憧憬もまた芽生えていて、我ながらなんだかすごいな、と思う。単に僕の精神がすごいのか、あるいは僕のぱぱぼとるというものが特別そうなのか、いつまでも飽きさせることなく、貪欲に高みを希求し続ける。満足することはいつまでもない。嘘だ。射精したあとはしばらく落ち着く。

 アイロンプリントをデザインしたオリジナルTシャツを着ていて、胸元に大きく「CFNM」と書かれたものは、あらかじめ「どういう意味か」と訊ねられたときの言い訳として、「ケーキ、フルーツ、ナッツ、ミルク」というのを用意していたのだが、「Seventeen Centimeterian」に関してはノーマークで、文字数が多いから、「なんかしらのフレーズなんだろうな」と適当に受け止められるだろう、Tシャツのデザインって得てしてそういうもんだろうと楽観視していたところ、ピイガが「それはどういう意味だ」と訊ねてきたので、答えに窮してしまった。「お前のパパは17cmあるほうの種族なんだよ。だから(そこを乗り越えてきた)お前も誇りに思いなさい」というのが実際の答えだが、さすがにこの春からJCになった娘にそんなことは伝えられないので、仕方なく、「……い、いつまでも17歳の心を持ち続けているってことだよ!」と、センチメータリアンとセンチメンタルをない交ぜにした、よく解らない弁明で切り抜けることに成功した。42歳の父親が、「俺の勃起は17cm」とアピールするのは問題外だとしても、いつまでも17歳の心だということを標榜するTシャツを着るのは果たしてどうなのか。僕は切り抜けられたのだろうか。切り抜けられたのだとして、いったいなにから僕は切り抜けたのだろう。そして切り抜けた先に、どんな景色が広がっているというのだろう……。

 先日プールの更衣室で、中学生くらいの男子のグループがいて、自分の頃もそうだったから実感を伴って解るのだけど、裸になること、すなわち仲間内でぱぱぼとるをさらけ出すことに、抵抗のあるグループと、ぜんぜん抵抗のないグループというのがあるだろう。その日のグループはそれで言うと完全に後者で、特にそのうちのひとりは、裸でガニ股になってぱぱぼとるをぶらぶらさせていた。すげえなこいつ、と思った。でもさらにすごかったのはそのあとで、それを見てゲラゲラ笑っていた仲間のひとりが、「お前やめろよ(笑)」みたいな感じで、彼の股から垂れ下がって揺れるぱぱぼとるを、ぺいっとビンタするように手で払ったのである。JCとJKの娘を持つ、ノビタットレと呼称するオリジナルの水着を作って穿く42歳男性、その一連を無言で眺めながら、内心かなりの嵐が吹き荒れていた。
 ちんこ芸って、要するにちんこという小道具を使ったモノボケだが、しかしその、笑いを誘発する爆発的な力を持つチートアイテムは、あくまで自分専用で、他者は不可侵なものだと思っていた。他人のふんどしで相撲を取るではないが、人のちんこは、触っちゃダメだと思う。本人が腰を揺らしたり、あるいは触って形を変えたりしている間はチートアイテムだが、他者が触ると、それはもうその瞬間に、笑いのアイテムではなくなるのだ。発見だった。「男が別の男のちんこに手をかける」という場面を、そう言えばBL漫画などではなく現実では生まれて初めて目にしたかもしれなくて、そういう意味で清新な心の動きがあった。
 更衣室で同性のプライベートゾーンを触る、というので思い出すのは、あかりのおっぱいを着替えの際すかさず揉んでくるゆっこのことだが(具体的な作品があるわけではないが、こういうとき胸を揉まれるのはどうしたって「あかり」だし、揉むのは確実に「ゆっこ」である)、今回の出来事は男版ゆっこ、言わば逆ゆっこ現象だったと言える。いったいなにが逆なのか。本来は女同士でやるものを男同士でやっていたから逆なのか。それって果たして逆なのか。ゆっこがあかりのおっぱいを揉むやつの男ver.がぱぱぼとるになってくるのは、それはまあ理に適っているとは思う。何度も言うけど、まりもっこりの女性ver.は胸がもっこりしているのだ。男のちんこが女のおっぱいなのだ。そしてゆっこもさすがにあかりのヴァギナには手を這わせない。そう考えるとヴァギナってすげえや。
 ヴァギナってすげえや、という結論に至ったお話でした。

Google PixelとYahoo!フリマ


 Google Pixelから3日で撤退したのは、いろいろ理由はあるのだけど、なによりカメラが好みじゃなかった。これがまったくもって予想外だった。だってiPhoneやGoogle Pixelというのは、それ以外の安いスマホに対し、カメラの性能で圧倒的な差があるのだと思っていた。フワちゃんだってカメラ機能のことをCMで言っていた。それでそういうイメージがあった。でもよくよく思い出してみると、フワちゃんが言っていたのは「消しゴムマジックで消してやるのさ」という、機能というか、ツールの話であり、写真がめっちゃきれいに撮れる、みたいなことは別に言っていなかったような気がしてきた。そうか。そうだったか。
 論より証拠。これが3日間限りのGoogle Pixelで撮った写真。


 そしてこちらが3日ぶりに戻した、これまで通りのスマホで撮った写真。
 

 Google Pixelのカメラは、撮影前に色味のモード設定みたいなことができなかった。下の写真、すなわちいつものスマホでは、グルメモードという、本来は食べ物を撮影するときに使うのだろうモードで、だいぶ暖色になる感じで撮っている。それがままならないため、ものすごく血色の悪い写真になった。カメラを構えた瞬間、え、これ本当に? と思った。
 加えて、Google Pixelは1:1のアスペクト比もできないのだった。設定の欄を開いて、そこに3:4と9:16しかないのを見て愕然とした。これまでショーツも水着もずっと1:1で撮影してきたので、とても困った。インターネットで解決策を探ったら、「撮影時にグリッドを表示させて中心に撮りたいものを置いて撮影し、そのあと編集で余分な部分を削除すると1:1の写真になります」とあり、そんなん誰がすんねん! と思わず地元の言葉が出てしまった。
 それでも乗り換え直後は、これからはこのスマホでやっていくのだという気になっていたから、ちょうどこのとき10枚くらい撮影しなければならない水着があったのだけど、ひと通り撮影したのである。撮影し、いちどそれでYahoo!フリマに出品もした。したのだけれど、やっぱりどうしても堪えられなくなって、ジョニファーに10枚の水着を穿き替えさせて撮影するのってけっこうな労力なのだが、仕方なく元に戻したスマホですべて撮り直した。どんなもんかと興味があったGoogle Pixelが体験できたのだから、1200円ほどのスマホケースなど安い教材代であった、ということを前に書いたが、この無駄な撮り直し作業もまた、Google Pixelを知るための必要経費であったと言えるかもしれない。
 さてそんなYahoo!フリマでのNOBITATTLE水着販売なのだが、ひとつ前の記事で、「GWに作った商品の販売が開始できない」ということを書いた。これはいかなる理由かと言えば、ひとつのアカウントで出品できる数は100点までと定められているからで、少し前からそれが近づいてきている認識はあったのだが、このたびとうとう上限に達してしまい、新しい出品ができなくなってしまったのだった。
 非常に嘆かわしい、忸怩たる、情けない話である。供給ばかりが空回りし、需要がぜんぜん伴っていないのである。逆ならいい。逆ならかっこいい。逆じゃないのでとてもかっこ悪い。せっせと作って販売してるのに、売れないからもう出品させてもらえないのである。こんな恥ずかしい話があるかよ。
 対応策として、新しいものを出品するために、古いものには見切りをつけ、公開を停止するのが常道なのだろうが、見切りをつけてどうすんだ、売らない以上、永遠に在庫として持ち続けるのか、という話で、そういうわけにもいかないので、考えた末にどうしたかと言えば、こうした。


 最初期のパターンなのだが、ひとつのページに、色違い的な感じで4点を並べ、注文時に番号を伝えてもらうという形式にしたのである。こうすることにより、4つの商品ページが1つになるので、3つ分の枠が増えることとなる。これをさしあたって5つ作成したので、すなわち20点の商品が5ページにまとまり、15点、新しい極北ボックスが出品できることになった。やったぜ。いったいなにが「やったぜ」なのか。冷静に考えると、こんなに悲惨な話はない。ついでに値下げもした。これらは1枚1500円としていたが、このたび1300円になった。1300円。人の労力をなんだと思っているんだろう。フェアトレードの観念が低い。観念が低いことは、気付きにくいかもしれないけど、罪だ。反省してほしい。ページを貼っておくので、態度で示せばいいと思う。

2026年5月6日水曜日

2026GW


 5日間のGWが終わろうとしている。
 しっかり堪能したかと言われると、「あたぼうよ!」とは言いづらいが、ぜんぜんよくなかったかと言えば決してそうでもなく、まあ順当なところに落ち着いたかな、という感じだ。毎年だいたいそんな感じ。ちなみにGW開始前の記事で宣言したように「おもひでぶぉろろぉぉん」をやって、無事に26歳ゾーンに突入したのだが、まさにその誕生日あたり、というのも僕の誕生日はシルバーウィークと呼ばれる期間中に在ることが多く、2009年もまさにそうだったのだが、世間では今年のGWと同じ5連休が展開されたらしい。しかしながら当時書店員をしていた僕は、その5日間中、4日間出勤していたのだそうで、それ以降も、わりと転職をちょいちょいしてきたので、世間一般の大型連休が自分にとっては大型連休ではない、という境遇に身を置いていた時期は少なからずあり、その頃のことに思いを馳せるたびに、今回のような5連休に対し、「まあ順当なところに落ち着いたかな」などとホザいている自分のことをふがいなく感じたりもする。われながら面倒くさいな。
 今年、具体的にどんな感じで過したかと言えば、もちろん遠出はせず、いつものように義妹一家は帰省してきたので、それらや実家の面々とともに、海に行ったり、山に行ったりした。海にも山にも、などと言うと張り切った大レジャーをしたかのように聞こえるが、なにぶん、海も山も、近いのである。そう考えれば贅沢な話なのかもしれない。都会人にとっての大レジャーが、我々にとっての「近場で済ます」なのだから。
 あと今回のGWのメインイベントとして、義両親の古希の祝いがあった。誰が主導で言い出したかと言えば、だいぶ義両親自身からの働きかけがあったような気配だったが、日取り決めから場所決め、プレゼント決めまで、実は春先からこの日まで、長女であるファルマンを中心に、まあまあ煩わされていた。「煩わされる」はだいぶ言葉が悪い感じがあるけれど、しかし祝う気持ちがないわけではもちろんないのだが、いかんせん面倒が勝つのだった。大所帯だし、なにより義両親の祝われたさが強い。そのあたりの問題に、いろんな面で折り合いをつける必要があり、長女の夫としてもまあまあ気を揉んだ。
 結局、わりと実家の近所にある、隠れ家的な和食の店で昼餉の祝いとなった。まあ悪くなかったんじゃないかと思う。もっともこういうものは、成功とか失敗とかそういう尺度の話ではなく、とにもかくにも、やることに意義がある。オリンピックと一緒。勝つとか負けるとかじゃなく、参加することが大事。人との繋がりって、得てしてそんなものかもしれない。
 個人的な活動を言えば、おもひでぶぉろろぉぉんについては序盤でも触れたが、とうとう26歳に突入した。なので25歳の日記を読んで思ったことを、いろいろ書きたい。これは順次やっていこうと思う。水着作りは、GW用に仕入れた生地で、きちんと自分用と販売用の2枚ずつを作り上げた。しかしすぐに販売は開始できない。なぜできないのか。これについてもまた別の記事で改めて書こうと思う。
 まあそんな感じで、平穏と言えば平穏に過したGWであった。季節は移ろう。カエルの鳴き声がうるさい。陰毛を全て剃った。

2026年5月1日金曜日

乗り換えミス・俺島・別れと出会い


 Google Pixelに乗り換えました、という宣言があったろう。先週の日曜日のことだな。土曜日に義母から機体をもらい、もろもろの整備をして、日曜日にあの宣言をした。Amazonはすごいので、その時点で土曜日に発注したケースが既に届いていた。そして月曜日を迎え、Google Pixelerとしての日々がはじまったわけだが、それは文字通りの「日日」であり、気が付けば、これは本当に気が付けば、というくらい自然な流れで、火曜日にグランドフィナーレを迎えた。火曜日の退勤時には、これはもう使ってられないなと冷静に判断し、帰宅するなり、役目を終えたはずの元のスマホに再びSIMカードを戻した。Wi-Fiを捕まえるのが少し下手なんていうのは、Google Pixelが与えてくるストレスに較べれば屁のようなもので、なんの問題もないのだと、浮気をして美人局に引っ掛かり痛い目に遭って、初めて知った。
 今回、月曜日から持ち歩けるよう逸って買ったケースは無駄になったけれど(機体は義母にお返しするつもりなのだが、この場合はやはりケースは外して返すべきだろうか)、Google Pixelという商品に対し、いまさらiPhoneユーザーにはなれないこともあり(法外に高いし)、実は前々からうっすらと色気のようなものがあったので、それを試すことができた(そしてぜんぜん合わないという実感を得た)という意味で、今回の体験はとてもよかったと思う。そう考えたら1200円程度のケース代などとても安い勉強代だったな、と思うことにした。

 わが家の3人の女はそれぞれ「トモコレ」をやっていて、娘たちは主に自分の作ったオリジナルのキャラクターで、そしてファルマンは速水真澄やチャン・ドンゴン、まふまふやジョン・レノンなど、(だいぶ混沌とした)推しの面々を住人にしている。
 住人たちは、服を着替えたり、ごはんを食べたり、互いに交流したりするので、プレイヤーはそれを介助したり覗き見たりして、愉しむようである。相変わらずその部分の愉しさ、情趣が理解できないので、不可解な気持ちで画面を眺めているのだが、それでももしも、もしも僕がこのゲームをやることがあるのだとすれば、その場合は作成するキャラクターは全員僕自身で、「俺(18)」「俺(19)」「俺(20)」……「俺(42)」みたいな感じに、年齢ごとの僕が集っている世界を作るだろうな、と思う。娘に似顔絵を作るのは禁じたくせに、一方でそんなことも思う。我ながら自我をこじらせているな、と思う。
 家族にそのコンセプトを話したら、「キモッ!」と叫ばれた。「そんなことを考えるのは世界でお前くらいだ」とまで言われた。そうなのか。俺はこのゲーム、そのくらいの遊び方しか思いつかないけど。「俺(27)」と「俺(33)」が仲良しな一方、「俺(24)」と「俺(26)」はやけに仲が悪い、みたいな、そんなのはちょっとだけ愉しいような気がする。

 極北ボックスに瑕疵がなさ過ぎて目標らしい目標がないGWなのだけど、この度ひとつだけ見出したので宣言しておく。
 このGW中に俺は26歳になる。
 おもひでぶぉろろぉぉんの話である。2024年から足掛け3年に渡って、僕はずっと25歳であり続けた。25歳の僕自身より長く、41歳と42歳の僕は25歳の僕を長く味わった。それもとうとう終わりにしようと思う。名残惜しいけれど、25歳の僕とはいよいよお別れしようと思う。日記の読み返しは8月に突入しており、9月20日までは残り1ヶ月半というところ。これは本腰を入れればすぐに終わらせられる量だ。ぜひGWのどこかでやろうと思う。
 25歳の僕との別離は、26歳の僕との出会いを意味する。そしてそれはどこまでも続く。マジか。この島、俺と俺と俺しかいねえのな。