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2026年2月10日火曜日

由々しき問題でげす


 選挙の結果を受けて、憲法改正やら、戦争やら、国民ひとりひとりがまじめに考えていかなければならない課題が多いですね。
 ちなみに僕は昨晩、布団に横になったあと、もちろんいつものように下半身に穿いていたものをすべて脱いだのだけど、しかしその直前にトイレに行っていたこともあり、ちょっと気になる気持ちもあって、うーんと思っていたのだけど、そのときパッと閃いて、上半身のパジャマの下に着ていた肌着、これがお腹を冷やさないためなのか、裾がずいぶん長い仕様なのだけど、これを最大限に伸ばして、股間周りを前も後ろもすっかり隠してしまう感じにしたのだった。僕が寝るとき下半身になにも身に着けないのは、主にウエストゴムを忌避してのことなので、これはまったく問題がない。宗旨替えではない。この、蔽うとも蔽わないとも言えない、包むとも包まないとも言えない、淡く守られている感じが、とてもよかった。この格別の安心感の正体はなんだろうと考えて、たぶんこれはロンパースのそれなのだと喝破した。あの、ボトムスを穿いているとも穿いていないとも言えない、そして必要とあらばすぐに局部を取り出すことのできる、赤ん坊限定のファッション、ロンパース。それの感触を思い出すから(自分が40年以上前にそれを実際に穿いていたのかどうかは知らない)、この状態はこんなにも心地よく、幸福感に溢れているのではないかと思った。ならばいっそのこと、裾の端にスナップボタンを取り付け、本当に0分丈みたいにしてはどうかとも思ったのだけど、そんな夫は、そんな父親は、たぶんとても嫌だろうと察し、自重することにした。もっともその分野の研究者の端くれとして、局部を取り出しやすい衣類は、究極的には、赤ん坊か、あるいは被介護者のものであるということを、僕は既に知っている。だとすれば42歳が仮にロンパース的なものを身に着けるとしたら、それは果たしてどっち側だろう。それはやっぱり、できれば被介護者ではなく、赤ん坊側のそれであってほしい。あってほしいと思うバブー。ただのプレイじゃねえか。

2026年1月27日火曜日

俺も穿きたいそのショーツ


 「お休みの日ってなにしてるんですか」という質問があって、もちろん実際には誰からもそんな問いかけはなされていないのだけど、今週もしも僕がそう訊ねられたら、こういう答えになる。
「先週の休みは、たくさんショーツの裁断をしていました」
 春から高校生と中学生になる娘を持つ42歳男性は、休みの日、「女の子が穿いてるようなショーツを俺も穿きたい」がコンセプトのローライズショーツを、何十枚も裁って過す。他の人と情報を交換したことはないが、たぶん大抵そんなところだろうと思う。平日はカッターマットを広げるような大掛かりな作業はしたくないから、休みの日にたくさん裁っておいて、平日は縫うだけの状態まで持っていっとこう、と。みんなそういう思考で動いてるに違いない。
 ここしばらく阿呆みたいに水着ばかりにかまけていたが、最近になって、やっぱりショーツもまた実にいいものだな、という自分の中での再発見があり、型紙を微調整して新たに起し、久しぶりに量産体制に入ることにしたのだった。
 なんならショーツもまたフリマサイトで販売できれば、という青写真もあるのだが、ショーツはあまりにも一枚布の、簡易で、素朴で、そしてきわめて面積の小さいもので、もちろんそこがいいという信念の下に作っているのだけど、どうもいざ売ろうとすると、これって果たして売るほどのものかな、と不安を感じる部分があり、出品に至らないのだった。
 しかし思えばショーツこそ、「女の子が穿いてるようなショーツを俺も穿きたい」という欲求から、しかしネットで探しても思うようなものが見つからず、それならばと自作を始めたという経緯があるので、同じ思いを持った78万人くらい(浜松市の人口と同じくらい)の人の心にブッ刺さるのではないか、水着は水泳の習慣がある人しか買わないけど、ショーツなら誰もが穿くのだから裾野が広いぞ、とも思うわけで、やっぱり今度こそ出品してみようかな、とも考えている。