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2026年8月17日月曜日

2026年夏の自家用車横浜帰省 3日目 8月12日 前編


 結局台風15号に関し、まみえたな、という感触はないまま終わったのだけど、ニュースでは宇都宮駅の大木が根元からぽっきり折れたりしていたので、おそろしかった。ちなみに世にも珍しい東から西に向かう逆走台風の特徴として、台風一過的なものは一切ない、というのがあるそうで、台風の本体が関東を通り過ぎたはずのこの日も、あまりすっきりしない空模様だった。
 そしてこの日はわりと書くことが多い。なぜなら家族がだいぶ別行動をしたからだ。
 まずポルガは、だいぶ前から宣言していた、ひとり東京社会科見学を実行した。具体的に言うと、国会議事堂と靖国神社に行ったそうである。だいぶ思想が強いセレクトで、親ながらびっくりするが、どうやら最近、近代世界史・政治史みたいなものにハマっているようで、本当は市ヶ谷の東京裁判の見学ツアーにも行きたかったらしいのだが、予約がうまいこといかず、仕方なく靖国神社にしたらしい。1年の中で、だいぶピリピリ感の強いタイミングの靖国神社なんじゃねえかなー、という気はしたし、そもそも東京の電車や町をひとりで大丈夫か、という不安はあったが、本人のついてくるなオーラがすごかったので、あざみ野駅までの見送りだけした。ポルガは出発前に電車の時刻表を調べようとしたので、田園都市線は時刻表を調べなくていいんだよ、と説明した。目の前の電車を乗り逃しても、5分以内に次の電車が来るんだよ、1時間後とかじゃないんだよ、と。あと国会議事堂なら永田町駅なので、渋谷から半蔵門線直通で1本なのだが、どんなに説明しても、半蔵門線直通というのがピンと来ないらしく、最後まで「渋谷駅で半蔵門線に乗り換えるの?」などと訊いてくるので、どうしたって不安は募った。こんな島根の大自然の中でのびのび育っている子を、ひとりで東京なんかに解き放っていいのだろうかと。結果としては、予定していたふたつの施設はもちろん、それらのエリアにあるいろいろな建物も目にしたそうで、とても満足した様子で無事に帰ってきた。よかったよかった。まあポルガはすっかり田舎ナイズされているが、実は東京生まれだったりするし。
 どうして急にそんなことを言い出したかと言えば、残された3人は、他ならぬポルガ生誕の地である練馬に行ったからである。帰省前の日記にもチラッと書いたが、去年、いきなり声を掛けて、慌ただしく再会した友達と、今年こそはきちんと態勢を整えて会おうということになり、落ち合う場所をどこにするか、直前にやりとりしたのだけど、うまくまとまらず(横浜駅という案を僕が拒んだというのもある)、とりあえずわれわれが、向こうの居住地である練馬まで行き、そこから先のことは会ってから決めようという、結局1年前とあまり変わらないフワッとした事の運びとなったのである。
 そしてこれは、同時に僕の耳鼻科行きという用件も兼ねているのだった。復路の長い運転のこともあるし、とにかく悪化させるわけにはいかないので、暦の上では平日であるこの日(13~15日はお盆として)に、絶対に医者にかかったほうがいいという話になり、僕はそういうのがとにかく苦手で、ファルマンが調べてくれたのだけど、実家の近くの耳鼻科という耳鼻科は、既に夏休み期間に入りどこも休みであるのに対し、練馬区にはわりとやっている耳鼻科があるということで、ならば友達との待ち合わせ時間に先んじて練馬に入り、僕は耳鼻科へ行き、その間ファルマンとピイガには周辺で適当に過してもらおう、という算段になった。そんなわけで待ち合わせは午後だったが、9時くらいに実家を出発する。ちなみに車である。僕は僕ですっかり田舎ナイズされているので、なるべくなら公共の乗り物に乗りたくないのである。実際この1年間で、昨夏の池袋練馬ツアーでしか、電車というものに乗っていない。だから練馬へももちろん車という発想になる。そもそもあざみ野から練馬というのは、副都心線を使ったとしてもあまりアクセスはよくないのだ。
 練馬へは1時間あまりで着いた。練馬にファルマンと住んでいた当時、実家に顔を出したとき(帰省という言葉を使うような距離感ではなかった)、帰りは荷物が多くなるので母が同乗して車で練馬の住まいまで戻る、ということを何度かやった。今回、十数年ぶりにやった実家から練馬までの道程は、もちろん道など覚えていないので、Googleに丸投げだったのだけど、たぶんほとんど違う道で、残念ながらおもひではぶぉろろぉぉんしなかった。
 耳鼻科の予約時間まで少し余裕があったので、ファルマンとピイガを中村橋まで送った。ふたりはここで練馬区立美術館に行ったそうだ。ちなみにだが、開催されていた企画展は、だいぶ高尚すぎる現代芸術的なやつだったそうで、ぽかーんとしたそうである。
 そして僕はひとり耳鼻科へ。短い問診ののち、僕の左耳の中を覗いた60代くらいの女医は、「きたなっ」と驚きの声を上げた。耳鼻科の先生が思わず「きたなっ」と言ってしまう俺の耳の穴。なんか、傷とか膿とか、とにかくだいぶエグい感じの、外耳炎になっているらしい。とりあえず液体を吸引してもらい、点耳薬を処方してもらった。「島根に帰ったらそっちでも診てもらいなさい」とも言われた。「実家はどこなの?」とも訊かれ、「横浜です」と答えたら、「島根に住んでて、横浜の実家に帰省してて、それで練馬の耳鼻科に来てんの? なんで?」とツッコまれた。自分でももうよく分からない。いろいろあるんだよ。とりあえず医者に診てもらったという、その一点でだいぶ安心感が得られたのでよかった。
 薬を受け取ったところでファルマンに連絡を入れると、友達と連絡を取り合った結果、既に来ていることを知った友達が早く出てきてくれて、ちょうど合流したタイミングとのこと。それでこれからどうするのかと訊ねたところ、友達の案内で今日は飯田橋界隈の街巡りをすることになった、という答えが返ってきた。
 飯田橋! ぜんぜん馴染みがないが、練馬よりも都会であるということは察せられた。たぶん、車で行くような街ではない。地図で確認すると、同じ画面に靖国神社が表示されたのでおもしろかった。ポルガとニアミス! と思うと少しワクワクした。
 しかし飯田橋。飯田橋の街巡り。どうしよう。俺はいったいどうすべきだろう。駐車している車の中で、しばしの間、僕は思案した。
 後編へ続く。