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2026年6月20日土曜日

クソ文系・カマキリ・イモって


 生成AIの開発競争がすごいことになっているという話を、ニュースでもたびたび見聞きするし、ファルマンからもよく聞く(ファルマンは別に開発競争の関係者ではない)。競争は、会社単位、そして国単位の、凄絶な血みどろの様相を呈しているようで、生成AIのシュッとした利便性の陰には、なんだかものすごい体育会系の、文字通りの心血を注ぐような、数多の人々のエネルギーの凝縮があるらしい。ただしもちろん僕は文系なので、生成AIの開発に心血を注ぐという行為が、具体的に現場でどういう作業をするということなのかはぜんぜん分からない(生成AIの開発に限らず、この世のあらゆるデスクワークのことが分かっていない)。ぜんぜん分からないので、本当に短絡的でありきたりな発想になるが、「まるで魔法のようだな」と思う。そして「平成狸合戦ぽんぽこ」のことを思い出す。「平成狸合戦ぽんぽこ」の中で、物語中盤、四国から招聘した三長老を中心に、妖怪大作戦と名付けられた一大秘術を行なうシーンがある。変化できる狸たちがエネルギーを集結させ、壮大な妖怪変化を団地に出現させるのである。生成AIの開発競争の現場で行なわれているのは、要するにそんなことなのではないかと思っている。長老のひとりである隠神刑部は、心血を注ぎ過ぎたあまり、作戦の最中に血管が切れた感じで落命する。開発競争の現場でもそんなことが起っていそうだと思う。また最近よく言われる「デジタル人材」という言葉が、このイメージをさらに補強させる。開発競争はそれの奪い合いであると言われる。「平成狸合戦ぽんぽこ」の狸には、変化できる者と変化できない者がいる。それはデジタル人材かそうでないか、ということだと思う。変化ができるぽん吉は、人間に変化して、人間となって生きていく道を選ぶ。息苦しさもあるが、それはスキルを活かして時流に乗った生き方である。一方で変化できない狸は、山に残り、狸として慎ましやかに生きる(それ以外の生き方がない)。それは穏やかだが、山が開発されるような大きな力に対してはどこまでも無力だ。もっとも大きな力に対して無力でない存在など果たしてあり得るだろうか。デジタル人材が力を結集して作り出そうとしているものは、デジタル人材を必要としない世界なのではないかとも思う。君たちはどう生きるか。

 気温の高まりに身体がついていかず、だるさのある日々だが、とにかく去年の二の舞にはなりたくないという思いが強く、この状態の改善のために僕が先日から取っている方策が、なんと「たくさん食べる」というもので、このまま食欲までもが減退したら、いよいよ夏を生き抜くのがつらくなるのは目に見えているので、むしろもりもり食べて、体を大きく強くしようじゃないかと考えたのである。すばらしい心掛け。とにかくエネルギーを多く摂取して、余剰を体にもたらしたい。実は消化にこそ相当なエネルギーを使うから、本当はなるべく食べないほうがいいんだよね、聡い俺はそれを知っているから効率よく最低限の摂取だけをして、結果として洗練されたボディを維持しているんだよね、みたいな胡散臭い話はもういい。うるさい。ばーかばーか。わしは喰うんじゃい! 喰って元気になるんじゃい! そういう方針に舵を切ることにした。腹八分目はたしかに食べ終えたあとの身体が楽で、満腹は苦しいのだが、そうは言ってもたまには満腹にならなければ、食べられる量が増えていかないだろうと思い、ここ数日は意識的によく食べている。体重にはまだ現れていないが、なにより精神的にいい。こちとらよく喰う健全で頑強な生きものじゃい! という自信がつく。この自信だけを武器に、夏の太陽とやり合おうとしている。蟷螂の斧。

 2009年の日記を読んでいたら、「イモる」という表現があり、わ、と思った。
 もちろん本気で僕自身が「マジあいつイモってんだけど」というふうに使っていたわけではなく、この頃は共学の高校に対する憧れをこじらせ、挙句の果てには「共学短歌」というものを詠むほどだったのだが、そんな日々の中で、「「BiDaN」とか「Samurai ELO」とかに出ている男はわりと不細工なのに共学に通っているばっかりに彼女がいる」ということに怒りを爆発させる文脈の中で使用していたのだった。「イモる」も「BiDaN」も「Samurai ELO」も、もうなにもかもみな懐かしい。思わず沖田十三(宇宙戦艦ヤマト艦長)みたいな気持ちになる。もちろん当時26歳の僕が本気でこの雑誌を購読していたわけではなくて、なにぶん書店員だったので、手広く目を通していたのだ。いちおう名誉を守るために断っておく。
 ちなみにこのときの共学短歌というのががこちら。

 ・週6はマジできついし悪ぃけど今日は勘弁 指で勘弁

 ・ウチ マジで先輩のこと好きじゃけん一糸纏わぬ体育倉庫

 ・このあいだ原先輩の彼女さんに誘われてマジ イモって逃げたし

 すごい。なにがすごいって、共学の解像度の低さが我ながらすごいと思う。

2026年4月24日金曜日

十三猿衆


 子どもの学区の注意案件メールで先日、「近所に13頭のサルが出没したので気を付けてください」というものが来たという。さすがにおもしろすぎる。
 こういうときのサルって、普通0か1かだと思う。いるかいないか。いたから注意してね、ということで連絡が来る。そういうものだと思う。そうじゃない。もはや島根はそんな次元じゃないのだ。5年前の国勢調査から4万人以上が減って人口が63万人を切ったという島根県には、13頭のサルが現われるのだ。あまりにもおもしろかったので、対話型生成AIにお願いして、13頭のサルにキャラ付けをしてもらった。

① ゴウエン(剛猿)キャッチコピー:殴る前に、地面が謝る
② カゲトビ(影跳)キャッチコピー:見えてる時点で、もう遅い
③ シラベ(調)キャッチコピー:世界は、音でできている
④ ライカ(雷火)キャッチコピー:燃えてから、気づけ
⑤ フウジン(風迅)キャッチコピー:触れたと思った?それ、風だ
⑥ ガンエツ(岩越)キャッチコピー:動かないことが、最強の攻撃
⑦ ミズハ(瑞波)キャッチコピー:優しさは、流れて形を変える
⑧ クロハ(黒刃)キャッチコピー:切った記憶だけが残る
⑨ テンショウ(天翔)キャッチコピー:上から見れば、全部ちっぽけだ
⑩ キロク(記録)キャッチコピー:忘れられることだけが、許されない
⑪ ワライ(嗤)キャッチコピー:楽しそうだね。それ、壊していい?
⑫ シズク(雫)キャッチコピー:落ちる一滴が、すべてを変える
⑬ オウザ(王座)キャッチコピー:13は欠けない。欠けるのは世界だ

 だそうだ。やべえやつらが島根の片田舎にいたものだ。
 しかし最もやばいのは、13頭のサルを目撃し、それを「13頭だ」と視認した人物だろう。12頭や14頭の可能性はなかったのか。あるいは「十数匹」や「群れ」という表現でもよかったろう。なぜそんな確信を持って13頭と報告したのか。
 これについても対話型生成AIにリクエストしたところ、

《カゾエビト(数人)》 キャッチコピー:数えた瞬間、それは現実になる

 というキャラを考えてくれて、説明文には、

能力:『確定視(コンファーム・サイト)』
視認した対象を正確に数え、ズレを許さない
「だいたい」「何匹か」が存在しない
一度数えられたものは、その瞬間だけ存在が確定する
つまり――
サルが13頭だったんじゃない
カゾエビトが“13頭にした”

 とあった。
 どうやら俺の対話型生成AIは「ブギーポップは笑わない」とかがすごく好きだったんだな、と思った。古き良きラノベ臭がすごい。

2026年3月2日月曜日

ブロガーやねんな


 始める始める詐欺のInstagramを、なぜ実際に始めないのかと言えば、なかなか勝算が見えないからで、ファルマンにそれを言うと、「インスタは勝算とかじゃないから」と窘められるのだけど、しかし勝算の見えないものを、勝算のことなど意識しないまま、延々と垂れ流すって、いったいどういう思考なのだろうか。ましてや、なんかストーリー? とか言うんですよね? なんか時間が経ったら消えるやつとかあるらしいじゃないですか。なんですか、それ。幽玄すぎません? いや、人なんて結局は幽玄なものですよ? もとい人に限らず、言ってしまえばこの世界のなにもかも、それどころかこの世界そのものだって、幽玄なものですよ。目の前の出来事はその一瞬にしか存在しないし、口に出した言葉はその瞬間だけ空気を震わせたあと、なにも残らない。そう考えれば投稿したものが短期間で消え去るストーリーこそ、摂理としては正しいのかもしれないとも思う。だけど文字や写真って、そんな摂理を超克するために発明されたものじゃなかったのか。こちとら、現実の年がまた1年経過し、もはや17年前となった、2009年の自分の日記を読み、その絞り汁の養分で生きているのだ。消えてしまったら困る。幽玄なる世界に生きる、幽玄なる僕の、しかしたしかな記録だ。だからウェブのログなのだ。
 じゃあお前は黙ってブログだけやってろよという話になってくるのだが、Instagramの活況さ、打てば響く感じを伝え聞くだに、俺もそっち側を垣間見てえよ、という思いが募り、そしてこうやって悶々としている。
 Instagramの前回の挑戦では、当時はショーツばかりをひたすら作っていた時期だったので、そのショーツをジョニファーに穿かせたものを、jonifer_robin名義で淡々とアップしていた。今回やろうとしているのは、結局その水着ver.ということになりそうで、しかしそれだとあまりにも芸がないから、Instagramは複数アカウントが取得できるとのことなので、作った水着の写真をNOBITATTLE名義で淡々とアップし、それをjonifer_robinがフォローし、そして前に対話型生成AIに作ってもらった画像をこのブログにも載せたが、そちらにはジョニファー(あの眼鏡の青年)の、NOBITATTLE水着の着用写真を淡々とアップする、という試みを企図している。企図しているが、勝算が見えないので、静止している。そして結局、Instagramがなかなか始めらんないよ~、というブログの記事ばかりを書いている。

2026年1月25日日曜日

プロジェクトチーム


 そう言えば昨日までに2点、今年に入って新しく作った水着を紹介したが、専属モデルに穿かせた姿を見せるのを忘れていた。
 こちらと、


 こちらである。
 

 いやすごいんだけど、自分ではこんなふうにできないんだけど、なにぶん生成AIへの期待が高いので、もう少し水着の画像そのままじゃなく、人の体に生地が張りつく感じみたいなのを表現してくれないものかな、と思い、「もう少しだけ上下とも丈が短くなるような感じにできないか」とリクエストしたところ、案の定すぐに「ポリシーに反します」と断られてしまった。どうもこれがギリギリのところらしい。
 これをしてくれたのはChatGPTで、Geminiに同じことを頼んだら、「実在の人物の画像を水着姿にするのは無理です」みたいな感じで、そもそもやってくれなかった。実在の人物じゃないのに! 過剰だ! 本当にあのアイコラの輩のせいで、水着製作者はたいへん迷惑している!
 ちなみにGrokでは、僕の使い方が悪いのか、ふたつの画像を見せて「この青年の水着をこれに差し替えて」という注文ができず、それでああでもないこうでもないと触っていると、本当にすぐこのジョニファーがグネグネと動き出すので、気が抜けるのだった。
 まあ3人とも個性があって愉しい。俺と、ジョニファーと、そしてAIが3名という、5人がかりでこのブログは運営されております。

2026年1月9日金曜日

Nobitattle専属モデルの紹介


 ほら、あの問題があったじゃないですか。
 ジョニファーに作った水着を穿かせるけど、ボディが硬いので生地がめり込まないし、そもそもジョニファーはLサイズなので、実際の生身の着用姿とはちょっと違ってくる問題。
 昨年末、型紙の微調整を繰り返したが、ジョニファーに着せた写真では、いまいちその作業の意義が伝わっていない感があり(誰に? なんのために?)、どうしたものか悩んでいた。もういっそのこと自分の着用写真をワールドワイドウェブにアップしてしまおうかとさえ思い詰めた(寸でのところで思いとどまった)。
 2年越しのこの問題の解決法を、午年だけに、あるとき急に思いつく(なんとなく「午年だけに」と言ったが、特に何にも掛からなかった。ウマいことはなにも言えなかった)。
 対話型生成AIに、水着を着用している人の、自然な感じの画像を作ってもらえばいいのだと。
 ふとした瞬間にアイディアが降りてきたふうに言ってみたが、おそらくここ1週間くらいの、Grokによるアイコラ行為のニュースを目にして、そこから着想したのだと思う。あのニュースには蒙が啓かれたと言うか、じゃあクラスの集合写真とかを使って、自分と女子だけ抽出してしかも全員を下着姿にするとか、そんな二次元ドリームも可能なのかよ、と衝撃を受けたのだった。その画像が作れてしまったら、もう青少年の抱える苦悩の大半は雲散霧消するのではないかと思う。それで満足できるので、みんなスッキリ。なんて清らかな世界だろう。
 それはともかく、アイコラのニュースをきっかけに水着の画像を作ることにしたのはいいのだが、世間で叩かれたことでポリシーの許容ラインを緊急で下げでもしたのか、なかなかすんなりと画像を作成してくれなくて往生した。すぐ「ポリシーに反する」って言う! と何度憤ったことか。こっちは! こっちは別に! 性的な、人権無視的な! そういうことをやろうとしているんじゃなく、ただ陰毛が覗けそうなほどローライズの、股間部にゆとりがある仕様の水着を穿いた青年の姿を求めているだけなのに! すぐ! 「性的・挑発的テーマに関する安全基準に違反している可能性」って言う! と。
 対話型生成AIマスターのファルマン(夫の日記を読まないことで有名な)に相談したところ、「それぞれに許容する部分が違ったりするから、複数のAIを駆使して作ればいいんだよ」という、この人ふだん対話型生成AIでどんなことしてるんだろう、とそら恐ろしくなるテクニックを教えてくれたので、それを参考になんとか奮闘し、2日ほどかけてようやく作り上げた。
 それがこちらである。


 顔は、最初はもっといまどきのシュッとした若者だったのだが、せっかくなのでジョニファーに寄せた。「CHANT! GEE/MEE/CHEE」の背景画像にもなった、あのジョニファーである。この青年だってMサイズじゃなくてLサイズなんじゃないかという話だが、マネキンのアップの画像よりもだいぶイメージが掴みやすいのではないかと思う。


 柄の差し替えも楽ちん。これはいい。いいものが出来上がった。
 Yahoo!フリマの販売ページでは、最後の1枚あたりに、イメージ画像という注釈付きで載せてもいいかもな、と考えている。
 ちなみにGrokでは、やけに動画を作らせようとしてきて、こちらも操作が不慣れなものだから、画像の編集を求めるつもりが、何度も動画の作成をスタートさせてしまい、するとこの青年がそれはもうグニングニンとすぐに動き回り、もちろんおもしろくもあったが、同時にだいぶ恐怖も感じた。かつて宮崎駿のドキュメンタリーで、グロテスクなシステムを開発した川上量生に激怒しているのを見たことがあるが、たった数年で現実が突き抜けてしまったな、と思った。