年末年始に極北ボックスパターンを完成させて、ほぼ半年。この間、せっせとそれを作り続けてきた。通し番号をつけるようにしたので分かりやすいが、出品している現在の最新作は137番。極北ボックスは101から番号をスタートさせているので、37枚ということになる。ちなみにだが、縫製がほぼ終わり、あとはジョニファーに穿かせて撮影するだけ、みたいな状態のものが実は9枚あるので、146番まで行くのは確実だ。
でもそこで極北ボックスはおしまい。
突然の爆弾発言。説明をさせてほしい。
ブログは収束と拡散を繰り返す、という例の理論があるでしょう。水着作りにもそれと同じような波があるのだという真理に到達した。すなわち、
『水着作りは枯渇と飽和を繰り返す』
である。
今からひと月ほど前のことなのだが、実は極北ボックスのパターンを少し修正した。同じものを何十枚も作っていると、ネジの頭がなめるように、自分の中のなにかが摩耗してくる。そして摩耗することで、行けていた地点に行けなくなるかと言えば、実はその逆で、別にこじ開けようともしていなかったエリアのドアが、勝手にこじ開いてしまうのである。そういうときというのは、物質ではない、思念的なものでドアをこじっているのだと思う。超感覚的知覚。言わばエスパーである。
極北は、極北だから極北なのに、エスパーなのでその先の世界に行ってしまった。あんなにも苦心して到達した脇の幅を、さらに削ってしまったのだ。このひと月に製作した、すなわち出品前の9枚は、それで作っている。出品時にこれまでのものと区別をするつもりはないが、実は一線を超えている破滅の子たちである。
そう、破滅。力の暴走は破滅をもたらすのである。だって極北の先なんてないんだもの。
思えばいつもこんなふうにしてステージは幕を閉じる気がする。マンネリ化し、停滞して、それを打破するために暴走して、破綻する。たぶん地球も最後、こうやって終わるんだと思う。でも地球が終わっても世界は終わらない。物質のカスが集まって新しい星になるように、新しいステージの幕は開く。
話が飛ぶが、最近になって平泳ぎに強い関心を持っている。これまでクロール一辺倒だったのだが、先日NHKでやっていた水泳の日本選手権を眺めていて、自由形の選手よりも平泳ぎの選手のほうが理想の筋肉の感じに近い気がすると感じ、そう意識して平泳ぎをやってみたら、腕を広げて水を抱えながら前方中心まで持っていく動作は、ダンベルフライのそれに似ているのではないかと気づき、泳ぐことと筋トレを同時に叶えるという願望をなんだかんだで未だに捨てきれずにいるのだが、もしかすると平泳ぎはわりと筋トレになり得るのかもしれないと考え、これからはクロールと並行して平泳ぎも積極的にやっていくことにしたのだけど、それにあたり極北ボックスというのは、それこそ昨年末の苦心の果ての産物なのだが、脇の幅を狭めるためにずいぶんなハーフバック仕様になっていて、それは基本的に膝から下を上下に動かすだけのクロールならば別に問題ないのだけど、根元から大開脚する平泳ぎとなると、さすがにその露出は少し差し障りが出てくる感じがあり、居心地の悪さを抱く原因となっていた。この半月ほどプールから足が遠のいていたのも、そのあたりのことが少なからず要因になっていたかもしれない。
すなわち、飽和の瞬間はさまざまな方角から、じわじわと忍び寄っていたのである。
というわけで、極北ボックスに代わる、新しいパターンを作ることにした。
これまでの話の流れから分かるように、今回は面積を削ることが目的ではない。逆に増やすのである。平泳ぎで大開脚しても大丈夫なように、尻はしっかりと蔽う。そうなれば脇の幅もどうしたってこれまでよりも太くなる。それでいて野暮ったくない形状を目指したい。
コンセプトは回帰。
昨年の秋口、『観測者によってビキニかボックスかが定まるシュレディンガー水着』として、つまるところビキニ型だった水着を15枚ほど作り、そこから少し面積を増やして極北ボックスへと帰着したという経緯はあったにせよ、基本的にこれまでの水着パターンの進化の歴史は、面積縮小の歴史であった。「初期→新パターン→新々パターン→(シュレディンガー→)極北」と、徐々に布の面積は小さくなっていった。それは言い換えれば枯渇の歴史であった。
しかし今回は違う。確固たる理念の下、面積を増やすのである。
であれば、それはつまり逆戻り、すなわち極北が飽和したというのなら、新々パターンに戻せばいいのではないか、と思われるかもしれない。もしそれでも足りないというのなら、新パターンだってあるだろう、と。
しかしさすがにそういうわけにもいかない。僕は来た道をそのまま戻るのではない。山を登ったとして、登ってきた斜面をそのまま下りるのではなく、頂上は単なる通過点として、その先の地平を行かなければいけない。たとえ新パターンや新々パターンと、標高的には同じでも、それは新しい未知なる世界であるべきだ。
もちろん参考にはした。まっさらの画用紙に、極北ボックス、新々パターン、新パターンと、歴代の3つのカットゲージのラインをそれぞれ書き込み、そしてそのどれとも異なる新しい線を引いた。
思い描いているのは長方形である。ボックスの名に悖らない、穿いたとききちんと箱の形になるようにしたい。
こんなふうに。
対話型生成AIに頼んで作ってもらった画像なのだが、まあまあいい線いっている。構造的に股下の、蟻の門渡りの部分は、画像のようにいくらかは下に出っ張る感じになるが、それ以外の部分では水平を保っている。長方形である。なるほどボックスだな、と思う(ちなみにだが、肌との対比を考え紺色を指定したせいもあるかもしれないが、脚ぐりの水平を求めるということはすなわちローレグであるということもあり、なんとなくスクール水着を連想させ、また画像をよく見ると腰周りを蔽うスカート部分と股下部分でパーツが分かれているようにも見え、だとすればこれはいわゆる旧スク水の一大特徴である、水抜き穴を持つ仕組みになっているのかもしれないと考えると、今回の製作のコンセプトとはぜんぜん異なるけれど、また新しい扉がこじ開けられる気配を感じないでもない)。
ということで、そんな理念の下、できあがったのがこちらである。
イメージ画像では肌との対比のことを考え紺色にしたくせに、実際の試作ではこんな生地を使うものだから少し分かりづらいが、見てのとおり、だいぶ水平である。だいぶ長方形である。
ちなみにこの生地では、かつて新々パターンを製作し、出品していた。今回の新作は、極北ボックスよりも新々パターンとの比較で捉えたほうがいい。それがこちらである。
少なくともぱぱぼとるよりも上の陰毛は剃ることを前提としたローライズ仕様で、かつ正面から着用姿を見たとき、なるべくただの長方形に見える水平を目指すとき、望むことのできる最小限の幅は、陰茎の付け根のすぐ上から、陰嚢の下部側の付け根までの、立体感を無視した上での直線の長さである(下図、矢印)。
それは8cmだったのです。つまり目指すべきは縦が8cmの長方形。平面として眺めたときそう見えるようなパターンを希求した。
横から見るとこう。
水平である。少しフロントのあたりが下がってV字のようになっているのは、股間部に入れたスライムの重みのせいであり、実際はここまでのことにはならないと思う。
後ろはこう。
後ろはさすがに水平じゃありませんよ。この1年以上囚われていたハーフバックの呪縛から解放され、尻たぶはきちんと蔽うことにしたのだ。尻というのはフロントよりも縦幅が長くできている。後ろの布も8cmにしようと思ったら、上からは尻の割れ目が覗けるだろうし、下は尻たぶを今まで以上に晒すことになるだろう。そういうわけにはいかない。しかし脇の幅が、極北ボックスはもちろんのこと、新々パターンよりも長い8cmなので、尻をしっかり蔽っても、まったく無理のない自然なラインとなっている。なるほどこれは、着実に山を登ってきたからこそたどり着けた、頂上の向こう側の世界なのだな、と改めて思う。
というわけで前述の極北ボックスの残りの9枚を出品したあとは、このパターンが新しい主力商品となってゆくものと思う。ただしそちらを片付けて、改めて裁断からなので、本格的な始動はまだもう少し先のことになるだろうと思う。でもちょうどいい。なぜなら、商品名が思いついていないからだ。ボックス水着というものの原点回帰を目指して作ったパターンだが、「ザ・ボックス」ではダサいし、ましてや「シン・ボックス」など目も当てられない。これについてはおいおい考えていこうと思う。
ちなみにだが、今回の新しいパターンに関し、実はもう一点、これまでの流れを断ち切る大きな変化をした部分があるのだが、それについて語るとさすがにこの記事だけが長大になりすぎるので、それについては別で語ろうと思う。
とりあえず半年の区切りのところで、いい展開を起すことができ、とても満足している。





