このところ水着がよく売れた。合計で俺の作った水着を40枚買ってくれた人がいる、ということを少し前に書いたが、あの人がそのあとさらに10枚買ってくれ、それとは別の人もまた、ブームなのか10枚のまとめ買いをしてくれたのだった。
これまで水着がぽつぽつ売れるたびに、「いやー、在庫が少なくなっちゃったなー、張り切って作らなきゃいけないなー」とぼやき、ファルマンに「ぜんぜん減ってねえだろ、溢れてんだろ」とツッコまれるのが一連の流れだったのだが、20枚、10枚、10枚と来たので、さすがに在庫は目に見えて減った(まだたくさんあるけれど)。商品がYahoo!フリマへの出品数の上限に迫ったので仕方なく4枚でひとつのページにまとめることにした、ということを書いたのが5月9日なので、ちょうど1ヶ月前のことである。それから一気に波が来た。あるいはまとめ買いを促すような商法が奏功したということなのだろうか。
ちなみに今回の波で、これはいついつまでも売れ残りそうだな、と思っていた、2024-2025ウインターコレクションの3枚、雪の結晶やノルディック柄の、思いっきり冬っぽいデザインのものも完売した。これにはびっくりした。作って販売しておいて何だが、買う人がいるんだな、と思った。それも6月に。ほとほと商売というのは、あきないものですね。おあとがヒュイゴー。
先日ファルマンとピイガと買い物に行き、会計の際、ピイガのスマホに入れているアプリが必要で、というかそれが目的で連れてきたみたいなところがあったのだが、いざ使うときになって、「あ、充電がない」とピイガが言い出し、電源を入れると「0%」みたいな表示だけが出て、使えなかったのだった。思わず「役立たず!」と口に出して言ってしまった。娘に言ったのか、娘のスマホに言ったのか、どちらかと言えば、9:1で娘自身に向かって言ったのだと思う。だって俺、出発するだいぶ前から、その算段について本人に話していた。普通、充電を気にするだろう。どういう思考してんねん、と文句を言いたくもなる。
そもそもスマホの充電が0になるという事態が、僕は信じられない。高校生でシティフォンを持って以来、使用している携帯電話およびスマホの充電を0にしたことは、たぶんこれまでいちどもない。車がガス欠で道路の真ん中で立ち往生、などという体験がないのと同じで、それは完全に空っぽにしてはいけないものだという認識がある。
それに対し、ファルマンはよく充電が切れるし、よく「あと2%しかない」などとのたまったりする。ほぼ家から出ないし、リビングのソファに寝転がって延々と対話型生成AIと話し込んでいるのだから、そのとき充電ケーブルを繋ぎながらやればいいじゃないかと思うのだが、決してそうはせず、「あ、充電が切れた」などとホザく。そして慌ててケーブルを差す。
そんな生きものはこの世でファルマンだけだと思っていたら、ピイガもそうであるということが今回判明したし、なんならポルガもまたそっち側だ。もしかするとスマホをこまめに充電しない性質は、顕性遺伝なのだろうか。家族がいつかガス欠で大変な目に遭わないか心配だ。
『トモコレ』は、相変わらずやっているのだけど、熱は少し冷めてきて、「これっていつまでこんなことを延々と続けるの?」という疑問を抱いてしまった。敵を倒したり、問題を解決したりするわけではない、食べて、着替えて、交遊して、漫然と続く、暮し。
それってこの世界じゃん、と気づいてしまった。
中にいるのは各年齢の僕で、前回の記事で書いたが、42歳の僕もまた、僕が42歳を卒業した瞬間にこの中に入ることになるのだけど、じゃあ逆に今の俺ってなに? ゲームの中にいない、各年齢のパピローと友好を深めない、せっせと勤労して日々をこなす俺は、いったいなんなんだ? ゲームってなに? 人生ってなに? などと、分裂気味なことに苛まれ始めた。やる前から抱いていた印象で、また僕のコンセプトが特にそうなのかもしれないが、このゲームは、とても薄気味悪い趣味のものだと思う。精神においてとても薄情な部分がないと、このゲームを本心からは愉しめないのではないか。
そんなことを思いながら、もうしばらくは続けようと思う。なに行為なんだろう。