2026年5月30日土曜日

「スクみこっ! 紺な巫女ってありえなくない?」を読んで


 12冊目。2011年5月刊行。通し番号は189。
 あらすじはこちら。

 巫女として“神前の舞”を踊ることになった幼馴染み・綾とセシルの練習を手伝うことになった少年・小太郎。そして、対抗心に燃える二人は巫女袴+スクール水着という大胆なコスで過激なアプローチを始めるが!? スク水の幼馴染みが、紺なエッチなはずがない!!

 看護婦にバニーガール、魔法少女にウエイトレスと、これまでさまざまな衣装を繰り出してきた神楽陽子による、タイトル通りのスクール水着巫女という趣向の物語である。スクール水着巫女だから「紺な巫女」なのだが、そんな作者の趣味全開の不自然な設定はあり得ない、ついていけないと一笑に付す前に、きちんと説明を聞いてほしい。
 ふたりの少女のうちのひとり、綾が神社の娘なのだが、この神社はアメノウズメを信仰し、夏の祭りで巫女がストリップを披露するのが習わしだったという。しかし男の裸祭りでさえ自重される現代社会において、少女巫女によるストリップなど催せるはずがなく、仕方なく水着着用ということになった。そうなったとき、じゃあ水着はどんな水着であるべきかと言えば、それはやっぱりスクール水着ということになると思う。三角ビキニではないし、競泳水着でもないだろう。もちろんフィットネス水着でないことは言うまでもない。どこまでも自然な帰結として、スクール水着。かくしてここに、巫女服の下は紺スク水という状態が爆誕する。なるほど、と思う。この状況の誂えに、強引な部分はひとつもない。本当は裸だったのだ。しかしそれはあんまりだから、ということでスク水着用になったのだ。ここに作者の性癖による恣意なんか微塵も存在しない。あるのは少女を守るための優しさのみである。神楽陽子は決して女の子を悲しませない。そこがいい。
 物語は、祭り本番で行なわれる神前の舞いを、ふたりの巫女が泊まり込みで練習するのを、主人公の少年がサポートするという、その期間を描くものなのだが、だいぶ伝統的な儀式のわりに、指導役の大人の存在などは一切なく、それどころかほとんど舞いの練習風景の描写もない。それでは登場人物たちはなにをやっているかと言えば、もちろんずっとエロいことをしている。一緒に温泉に入ったり、神社の大事なお札が濡れたスクール水着に張り付いてしまったのを破れないようにそっと剝がそうとして愛撫してしまったり、終始そんなことをしている。そんな中、作中でほぼ唯一と言っていい、舞いの練習と言えなくもないシーンはこちらである。

「いいよ、ふたりとも、くっ……はあ、次は皮をムイムイして」
 続いて皮を剥き降ろしてもらう。しかし綾もセシルも両腕を背中で硬く固定されているため、手を使うことは許されなかった。
 かといって、唾液で汚れた唇で、包皮だけを器用に摘むのは難しい。
 ふたりは横笛を咥えるようにして、サオに優しく歯を立てた。
「ンぅふぐ、さきっちょ、むくの?」
「べとべとだ……えぁ、すべってひまう」
 そして嚙んだ部分を下へとスライドさせようとするのだが、右と左がばらばらに動くせいで上手に剥けない。
 皮を斜めに剥いただけでは、肉厚の笠が引っ張り戻してしまう。
「綾殿、私に合わせてくれ。っぷあ、こうやっへ、ンぐ、引きずるみたいに」
「そんなこと言われたって……に、ニオイだってすごいし、んぅふ?」
 タイミングがぴたりと合わないのは、セシルの唇は吸い付きがよいのに、綾の唇はすぐに息継ぎを挟むからである。
 その間もペニスは膨張し、「幹太り」の形になっていた。先端の薄皮が剥けないことにはエラを全開にできず、煩悶させられる。
「ちゃんと一緒に、はあ、息を合わせて……神前の舞いと同じだよ」
 少年のアドバイスに従い、綾とセシルがアイコンタクトを取って頷きあう。
 今度こそ唇は右も左も同時に剥き降ろし、雁首の黒ずんだ赤色が露出した。亀頭が水を得たように膨らみ、ぼってりと腫れあがる。これで勃起は完了だ。

 小太郎を巡って敵対ばかりし、こんなことで神前の舞いを踊れるのかと危ぶまれていたふたりだったが、小太郎の包皮を口だけで剥くという共同作業によって、初めて息が合った、これは感動のシーンである。こんな種類の感動もこの世にはあるのだ。ちなみになぜ少女たちの両腕は使えなかったかと言えば、小太郎が神社の注連縄で亀甲縛りのようにしていたからに他ならない。ふたりの少女はこのあと肛虐され、綾は射精だったからまだよかったが、そのあとに挿入されたセシルに至っては(小太郎のちんこがバカになっていたため)腸内に向けて放尿されてしまう。でもどうか安心してほしい。和姦なので、女の子たちはそれでとてもハッピーなのだ。もういちど言う。神楽陽子は決して女の子を悲しませないのである。
 練習がそんなものなので、この物語の根幹であるはずの神前の舞いがどういう顛末に終わったかの描写もきわめて簡素である。

 神前の舞いはそこそこの好評を博した。

 なんと以上である。一行である。すばらしい潔さ。たしかに神前の舞いは、3人がこのような状況に置かれることとなる理由として物語の根幹ではあるのだが、しかしそれはエロ小説としての根幹かと言えばそんなことはない。はっきり言ってどうでもいいのである。エピローグは、神前の舞いの本番がどうなったかについてこう触れたあと、祭りの最後に行なわれる打ち上げ花火を本殿の裏で3人で眺めながら、少年がふたりの少女からダブルパイズリフェラ奉仕を受けている描写に、その文面のほとんどが費やされている。正しい。読者はそれを読むためにこの本を手に取っているのであり、神事なんかにはなんの興味もない。
 そういう意味で、本作は神楽陽子の感覚の鋭さ、なにを描きなにを省くかのセンスの良さが存分に発揮された、良作だと思う。ちなみにこれは「スク水メイドがご奉仕します!」に続く、僕の中で勝手にそういうことにしている、スク水メイド3部作の2作目ということになるのだけど、よく考えるまでもなく、この物語の少女たちは巫女であって、実はぜんぜんメイドではない。ベスト10くらいの中で、ひとつだけ例外があるとかならまだ話は分かるが、メイド3部作と言っておきながらそのうちのひとつがメイドではないというのはなかなか豪胆な所業だな、と我ながら思う。

2026年5月23日土曜日

2009年から2024年、そして2200年へと ~おもひでぶぉろろぉぉん~


 つい先日、逆ゆっこ現象の話の際、男のちんこが女のおっぱい、ということを書いた。そのことはずっと書いている。長い間とにかく僕はそれをずっと唱え続けていると思っていたが、ちょうど「おもひでぶぉろろぉぉん」で読み返していた26歳の日記にこういう記述があったのだった。

 今年の初夏はちんこについてやけに考え、そしてぱたりと興味が収束したのだけど、その日々の中で携帯電話にメモをして、それ以来ずっと残っているというちんこに関する記述があり、もう秋になってしまって、ちんこについてことさらなにかを書こうという意欲もなくなってしまったので、いっそもう消してしまえと何度か操作をして、でも消したあとでやっぱりどうしても気になって、また同じ文面をメモするなんてことを繰り返していたのだけど、このままでは埒が明かないので、いっそ書いてしまうことにする。
 おっぱいはちんこである。
 これがそのメモの文面である。薄れゆく記憶と興味をたどって内容を思い出すと、たぶんちんこもおっぱいもそこから分泌されるものがミルクと称される共通点、そこからの発想だった。
 おっぱいって人類学とかだと、本来メスのオスに対する性的誘惑の効果を担っていた尻、これが二足歩行になった結果としてオスの顔の正面に来なくなって効果が望めなくなってしまったため、その尻の代替として(ポッキーの代わりのクッキーみたいに)おっぱいを膨らませることにした、と説明されるわけだけど、これってけっこう嘘くさい説だと思う。これより多少でも信憑性のある説が提唱されたら簡単に否定されてしまう程度の説だと思う(もっともこの前読んだ本に書いてあったのだけど、女性のおっぱいが赤ん坊への授乳のために存在するのなら、おっぱいはもっと哺乳瓶に似た「吸いやすい形」になっていなければ説明がつかず、実際にはあんな赤ん坊の鼻を圧迫してしまう丸い形になっているのは、その実用性を失ってでも男性に対して性的アピールを高めるためであり、だからボインは赤ちゃんのためにあるんやなくて、お父ちゃんのためにあるんやで、っていう話は大いに頷ける。でもこれはおっぱいが性的なものだということを証明している話であって、それが尻の代替であるという理屈にはぜんぜんならない)。
 そこで僕が提唱したいのが、おっぱい=ちんこ仮説なのだ。
 ところで僕は百合と呼ばれるジャンルがまるで好きではないのだけど、これのなにがダメかと言えば、百合にはちんこが存在しない、これが大いにダメなのだ。くっつけるだけでは絶対に得られない、棒で肉を抉る感触、これが大自然を切り拓いて文明を創造してきた人間の本能に直結し、まあ暴力性と言ってしまえばそれまでなのだけど、しかしそれが人間本来の動物的な快感に結びつくことは否定のしようがない。たくましく隆起するちんこは力の象徴で、武器のモチーフや崇拝の対象にだって容易になってきた。それは歴史が証明している。
 だからつまり人間は男も女も関係なく、みんなちんこが好きなのだ。
 しかしちんこは好きだが、大抵の男は男のことが好きではない。僕ももちろんそのひとりだ。ちんこはいいが、しかし男なんてものは自分以外は極力視界に入れたくないと考えて生きている。
 そんなわけだから、純粋理性批判の主人公というのは往々にして女性的なのだと思う。純粋理性批判の主人公は見た目はまるで女の子のようで、女装させればおそろしく似合い、周囲から勘違いされ女子校に入学してしまったりする。それもこれも男なんて極力視界に入れたくない僕のような輩のための配慮である。女性的すぎる主人公は、もはや世界を彩る女性キャラクターのひとりだ。しかしその主人公にはちんこがある。これでちんこがなければ百合になってしまっておもしろくない。ちんこがあるから迫力がある。女性しかいないようなきれいな世界でありながらパワーを兼ね備えている。しかもそのちんこはその主人公の見た目からは想像もつかないくらい逞しくあったりする。純粋理性批判はこれだから尊いのである。
 それで、だから男子っていうのも結局、ちんこと戯れたい生きものなのだ。と言うか日常的に戯れて生きているのである。切っても切れぬ間柄、切っても切れぬ愛だから、という意味では、男子とちんこと結びつきは女子とちんこのそれをはるかに凌駕する。
 しかし常に思う存分いじることのできるちんこを必ずひとつ持っている男子だが、ひとつだけできないことがある。それは口淫である。これはどうしてもできないわけじゃないが、相当な熟練の技を要する。大抵の人はできない。僕ももちろんできない。
 それで他の男の体を利用する人もいる。これはこれで理屈である。でもやっぱり他の男の体なんて気持ち悪くて見られない。どうしたって触れ合うのは自分か、あるいは女子がいい。
 そこで登場するのが女性のおっぱいである。
 乳房は陰嚢の代替であり、乳首は亀頭の代替であると考えてみてはどうか。乳頭から出る母乳はもちろん精液の代替である。
 しかしおっぱいがちんこの代替なら、やはりおっぱいは哺乳瓶(この場合はそれは陰茎)のような形になっていなければいけないのではないか、という意見もあろう。それに対して上の、「乳房は陰嚢の代替」という捉え方は卓見であると思う。これは日々宇佐木学園で陰嚢に対する認識を高めていた僕だからこそ気付けた結論だろうと思う。陰茎よりも陰嚢のほうがよほど大事だ。だから女性のおっぱいは細長くなくて、丸いのだ。
 ……とまあ、多分こんなようなことを考えて、メモを残していたのだった。
 書けたので満足です。
(「KUCHIBASHI DIARY」 2009年9月25日)

 発想のルーツはまさにこのあたりの時期にあったようで、まるでファミリーヒストリーのような感動がある。さまざまな礎があって、この自分がいるんですね。
 なにぶん17年前なので、もちろん現在の考え方とは違う部分もある。たとえば、自分以外の男なんて極力視界に入れたくないという記述があるが、この気持ちは今はない。これは筋トレを始めたことが大きく作用していると思う。今は男の体も(きれいならば)好き。
 あと代替ということを言っていて、そもそもその考え方が、今とは異なる。この頃はまだ人類学とか進化論とか、そういう、大学生的なものが体にまとわりついていたようである。なにぶんまだ26歳である。今はそういうアプローチではなく、プールの更衣室で友達のちんこを触る少年を目にして、「逆ゆっこ現象!」と直感で叫ぶだけである。バカになったのか、先鋭化されたのか、自分ではよく分からない。
 ゆっこは更衣室であかりの胸を揉む際、乳房と乳首、どちらを主に攻めるかと言えば、それはやっぱり乳房だろうと思う。「どれどれ?」と、乳房の成長度合、すなわちおっぱいの発育を確かめるのだ。その際、揉みながら指先で乳首を刺激したりはしない。それはさすがに話が変わってくる。しかし上の話で言うと、乳房=陰嚢ということになり、ならば今回の男子更衣室に現れた逆ゆっこは、逆あかりの、陰嚢を触っていたかと言えば、それは果たしてどうなんだろう、と思う。僕もそこまでまじまじと見ていたわけではなく、「あいつ友人のちんこを触ったよ」とかろうじて認識できた程度なので、それが主に陰嚢だったのか、あるいは陰茎だったのかは定かではない。でも普通に考えて、こういうときに触るのは陰嚢ではなく陰茎なのではないか、と思う。ぶらぶらさせて遊ぶのは往々にして陰茎であろう。
 異議あり!
 検事の発言を許可します。
 弁護人は思い込みでものを言っています。陰嚢がやけにたぷたぷし、ぶらぶらするコンディションの時も存在します! そもそも男性器の本体は肉棒よりもむしろ金玉肉袋にあります! なのでここで逆ゆっこが触ったのも、そちらであるという可能性は否定できません!
 異議あり!
 弁護人の発言を許可します。
 検事の主張を否定します。なぜなら少年たちは遊泳を終えたあとだったからです。遊泳を終えたあとの陰嚢がたぷたぷしているはずはありません。当時は縮んだ陰茎がかろうじてぶらぶらする程度の状態だったと考えるべきで、逆ゆっこが触ったのも当然その部分であると捉えるべきです。違いますか。
 検事、異議はありますか?
 …………くそっ。
 弁護人、続けてください。
 そもそもゆっこの目的、胸を揉むことの大義名分はなんだったでしょうか。それはあかりの発育を確かめるためです。ならば逆ゆっこが逆あかりのちんこのどこを触るかは、火を見るよりも明らかです。成長もとい伸長がよしとされる部位、それは肉棒です。少年たちはいつの時代も、Seventeen Centimeterianを目指して生きるのです。もちろんなかなかそこまでたどり着けるものではありませんが。ただしここで大事になってくるのは、2009年のパピローが唱えた乳房=陰嚢理論、これが誤りであり、実際は乳房=陰茎が正しいのだとしても、一方の乳首=亀頭理論、これは正しいということであります。ゆっこがあかりの乳房を揉む際、乳首に重点は置かないにしても、どうしたって乳房全体に手を這わせようとしたら、意図せず中指が乳首に掛かることだって十分あり得るように、逆ゆっこが逆あかりの陰茎を触る際、そのとき根元・中腹・先端のどの部位を目がけるのかと言えば、それは陰茎の形状からして、どうしたって先端ということになるわけで、すなわちそれは亀頭ということになります。逆ゆっこは逆あかりの亀頭を触るのです。もういちど言います。逆ゆっこは逆あかりの亀頭を触るのです。逆あかりってなんですか。暗がりですか。
 さらに話を進めるならば、陰嚢は更衣室でゆっこ陣営が狙う対象ではないと考えた場合、ゆっこ陣営は更衣室という特殊な空間であかりのプライベートゾーンにいたずらをすることを目的とするわけだから、「水着で隠す部分がプライベートゾーン理論」の発展型として、「水着で隠す部分≒ゆっこ陣営が更衣室でいたずらする部分がプライベートゾーン理論」が提唱でき、だとすればゆっこ陣営の標的にならない陰嚢はプライベートゾーンではない可能性までもが浮上してくる。うすうすそんな気はしていた。陰嚢はたまたま(世界初のダジャレ)少しはみ出しているだけの、実は内性器であり、女性のヴァギナを掘削する凶暴性を持つ陰茎のような危険性および秘匿の必要性には該当しない。ましてやなにかを分泌する孔があるわけでもない。だから本当は、陰嚢の部分の水着の布地はなくてもいいのだ。肛門と同じく、そこはプライベートゾーンではないからだ。たぶん西暦2200年くらいの水着はそうなっている。昔はここも隠してたんだよ、と言って露出した陰嚢を持ち上げてみせる大人の言葉に、西暦2190年代生まれの少年少女はびっくりする。ウソだー! めちゃくちゃモサいじゃんよ! 昔の人たちはよくそんな恥ずかしい恰好で泳いでたもんだぜ! そんな平和な未来が訪れますように。この記事は、まさかの世界平和を願うオピニオンブログだったのだ。思想がいかつい!

食欲・40枚・トモコレ


 早くも真夏日なんかが出始めていて、それに合わせて順調に食欲のトーンが下がる気配を感じ取っている。思えば去年の夏はひどかった。スーパーに行ってもなにも買いたいと思わず、そのため日々の献立にとても苦難した。今年はどうかあんなことにはなりませんように、という思いは強く、実は初詣でそのことを祈願さえした。そのくらい去年はつらかった。
 もちろん神頼みだけではなく、自前での対策も考えている。去年やってしまった痛恨のミスとして、暑くなって食欲が減退し、献立を考えるのが少し難しくなったタイミングで、ファルマンに「なにか食べたいものはないか」と訊ねてしまった、というのがある。これを今年は絶対にやらないつもりだ。ファルマンという人は、食欲のブラックホールみたいな人で、それだとまるで食欲の権化のようだが、そうではなく、ファルマンの周囲に近づいた食欲という食欲は、そのぽっかりと開いた深淵に吸い込まれ、無になってしまうという、そういう意味である。そのくらいファルマンは食べることに関して意欲がない。その圧倒的な意欲のなさは、時空を歪め、こちらの食欲までをも吸い込むのである。
 だからファルマンと食べ物の話は絶対にしてはいけない。基本的には一年中そうだが、特にこちらが弱っている夏はいけない。このことを今夏はくれぐれも肝に銘じ、たまにオレンジページなど眺めながら(オレンジページを眺めているところを食欲ブラックホールに目撃されたら、オレンジページなんかを読む自分はなんとくだらない人間なのかという気分にさせられるので、隠れて読まなければならない)、なんとか低空飛行でも渡り切ろうと思う。

 水着が売れた。しかも20枚のまとめ買いである。よっしゃ。
 よっしゃと思うと同時に、今回それをリクエストして買ってくれたのは、以前に10枚のまとめ買いを2度してくれた方だったので、だとすると、この人は俺の作った水着を合計40枚(おまけでプレゼントした分を含めたらさらに)持っているのだと思い至り、それってものすごいことなんじゃないかと思い始めた。
 水着40枚。たぶん人が一生で買う水着の数の平均を超えている。でも買う人は買う。水着は下着ほど数多く買うものではないから、商売としてのパイは小さいという認識がなんとなくあったが、僕自身、「いちど穿いた水着はもう穿かないチャレンジ」をしていて、その行為がものすごく愉しいように、水着は実用性とは分離したところで、バリエーションを有する意義があるのだと、今回のご購入により思いを新たにした。水着って、Tシャツとか靴とかと一緒なんだ。回すだけなら3つ4つあれば足りるけど、そういうことじゃないんだ。
 あるいはこれは別の発想になるのだけど、ひとりの人が40枚の水着を求めるのはやはり不自然であると考えるならば、もしかするとこの方は、なんかしらの団体の主催者なのかもしれない。どういう団体なのかは想像もつかない。想像もつかないが、そこに集う男性たちは、みんな僕の作った水着を穿いているのである。それはそれでおもしろいと思う。
 とにかく在庫が捌けて嬉しい。さて張り切って作らなくっちゃ。

 「トモコレ」をこつこつとやっている。日々パピローを作りまくっている。最初に(20)、その次に(25)を作り、それから5歳おきに(30)、(35)、(40)までを作ったあと、そこからは(22)と、さらには(37)を作った。そして思い描いた通りに、各年代のパピローが、たとえばパピロー(40)とパピロー(25)が友達になったりしていて、なんとも感慨深い気持ちになる。僕がブログおよび「おもひでぶぉろろぉぉん」でやりたかったのは、つまりこういうことだったんだな、と思う。いっそのこと住人の各人が、日々の出来事をブログ形式で綴ってくれたらいいと思うが、どうやらそういう機能はないようで残念だ。
 島での日々は、服を着替えたり、部屋の内装を変えたりと、やはりファルマンが言うように「これはおままごと」という感じで、完全に作業として、平板な心でやっている。本当は島のことなんてどうでもいいのだ。パピローとパピローが密に絡み合えばそれでいいのだ。
 先日もパピロー(30)とパピロー(35)が友達になるにあたり、なんの話題について話をするかと問われたので、年齢的にちょうどいいと思い、「友達がいないこと」と入力したら、ふたりは「友達がいないこと」で話が盛り上がり、意気投合して、友達になっていた。まるで二乗したらマイナスになる、虚数のような友人関係だと思った。
 しかし「友達がいないこと」はもちろんいいのだが、パピローたちが話す話題として、本来ならば(もしも一堂に会することが実現したとしたら)、もっと下卑たテーマが出てくるはずで、「二次元ドリーム文庫」であるとか、「勃起」であるとか、「ぱぱぼとる」などのワードを入力したい気持ちがある。しかしゲームはリビングのテレビ画面でやっていて、娘たちも見るので、さすがにそれはままならない。つまり歴代のパピローと言いつつ、この島の住人はみな、エロい話を一切しないパピローたちである。そんなパピローがいるのか。それはパピローの上澄みに過ぎないのではないか。
 そんなことを思いながら、日々やっている。なんだかんだでわりと愉しんでいる。

2026年5月17日日曜日

記録・冊子・おもひで島

 3月から再開された今年度のプールライフで、「いちど穿いた水着はもう穿かないチャレンジ」をしている。つまり毎回ちがう水着で泳いでいるということだ。
 製作された水着は車内に置いてある専用のバッグに入れられ、プールに行く際はそこからその日の気分で1枚を選ぶ。そして遊泳に用いられると、その水着はもう車内には戻されず、家で待機となる。そういうシステムでやっている。これでいちど穿いた水着をもういちど穿いてしまうミス(たぶん世界で俺だけにとってのミス)は防げるが、さらに予防策として、遊泳後の着用姿を写真に撮り、その記録も残してある。これにより、どの日にどの水着を穿いたかというのも、必要になるかどうかは別として、明確にできる。
 ついでに言えば、月間記録表みたいなノートに、数年前から射精と水泳のふたつのデータを記録しているのだが、この水泳の書き込みに関して、その都度それが今年何回目の水泳であったかを記しておけば、それがすなわち穿いた水着のバリエーションということにもなるし、年末にわざわざ総計を数える手間が省けるのだと気づき、先日からそうしている。ちなみに今日現在までに、24回泳いでいる(つまり24通りの水着を穿いた)。3月1日から約75日でその数字なので、ほぼほぼ3日に1回のペースということになる。まあまあだな。
 射精に関しても、同じことをやろうと思えばできるのだが、もちろんしない。毎年とても盛り上がり、もはや年末年始の日本の風物詩と言っても過言ではない年精数の発表が、これをしてしまったらぜんぜんおもしろくなくなってしまうからだ。自分が何度射精したのか分からなくなるところに、射精の情趣はあるんだと思う。

 ファルマンの出身校に今春入ったポルガは、なんとファルマンのかつて在籍していた部活に入部したのだった。もちろん憧れの母の背中を追って、ということではなく、本人のやりたいことがたまたまそうだったというだけの話である。
 そんな部活動で、新入部員にとある冊子が配られた。初心者のための練習マニュアル的な、手書きのコピーをホチキスで綴じた素朴なものである。受け取ったそれを開いて内容を眺めていたポルガは、途中で「……おや?」と思ったらしい。
 これってもしかして……?
 そこで先輩部員に、これはいつ頃からあるものなのか訊ねたところ、2年生の、16歳のその先輩の答えは、たぶん何年か前じゃない? という不確かなものだったという。
 その日、帰宅して母にその冊子を見せたところ、母は「ひっ!」と言葉を失くした。
 それは今から約四半世紀前、ファルマンが上級生だったときに、主体的に作った冊子だったからだ。そのため文字やイラストは、ファルマンのものが数多くあった。だからポルガも気付いたのである。これはたぶん私の母が作ったものである、と。
 それが先月の下旬くらいの話で、ちょうど衣替えのタイミングだったため、押し入れにストーブを仕舞い、代わりに扇風機を取り出す際、ファルマンは奥深くに眠るパンドラの箱を開け、「これが元々のもの」と、見せてくれたのだった。なにをか。部に四半世紀に渡って代々伝わる冊子の、初版をだ。
 ふたつを見較べると、25年の間にある程度のブラッシュアップはなされたことが窺えるが、ファルマンの担当したページはけっこう残されていて、万感の思いが込み上げた。この万感は、エモさとキモさが、本当にちょうどハーフハーフで構成されている万感であった。25年の時を経て同じ学校の同じ部活に所属した娘にそれが届いたというのは、エモく仕立てようと思えばだいぶエモくなる気もするし、その一方でやっぱり絶対的にこれは気持ち悪い種類の話だろ、という気もする。簡潔に、思考停止気味なコメントを述べるとするならば、「さすがファルマン」というところになるだろうか。
 自宅で確認を取ったポルガだが、部活でこのことは打ち明けていないらしい。それはそうだろう。四半世紀、いまの上級生の先輩の先輩の先輩の先輩も、ずっとそれで練習してきたマニュアルの、作者の娘なのである。重すぎる。サラブレッドすぎる。隠しておいたほうがいい。そして上級生になった暁には、ポルガが主体となってこの冊子を刷新(ダジャレみたいになった)すればいいと思う。こういう伝統って、後の世代になると由来が不明だから誰も変えられなくなるわけで、それを気兼ねなくできるのは、この世でポルガだけだ。
 そしてそれがまた四半世紀受け継がれたりとか。

 なんと「トモコレ」を始めてしまう。趣向は、以前このブログに書いた通り、年齢別の僕ばかりがいる世界にした。それ以外のコンセプトでやろうとは思わない。
 昨日、最初に「パピロー(20)」を作り、今日「パピロー(25)」を作った。呼び名は、本名にしようかとも思ったが、もしかするとこのブログに画像などをアップすることもあるかもしれないという打算が働き、パピローとした。20歳のパピローは大学生なので金髪で髪が長めで、25歳のパピローは社会人なので髪は少し短めで黒い。ふたりは既に友達になった。友達になるにあたり、ふたりでどういう内容について話すかと問われたので、悩んだ末に「ファルマン」とした。それで意気投合した。ただし島にファルマンが現われることは決してない。完全に僕しかいない島にするつもりだ。もちろん誕生日はみんな9月20日だし、性別は男。そして恋愛対象は男性と女性の複数選択。さてこれからどうなっていくだろう。とりあえずなるべく1日にひとりずつ作っていこうと思う。しかし30代の自分がどういうキャラだったか、自分でよく思い出せない。おもひでぶぉろろぉぉんが間に合わない!

2026年5月16日土曜日

2009年を生きた25歳の僕を囲う会 ~おもひでぶぉろろぉぉん~


 もう少し25歳の僕のことを語りたい。本当はがっつり2晩くらい語りたいのだ。そして語るにあたり、話し相手がいたらいいなと思う。そうしたらもっと盛り上がるに違いない。初めて推し活仲間の存在を欲したような気がする。SNSで募ってみようか。僕が好きな人と繋がりたい。でもたぶん手を挙げるのは僕だけだ。もしかすると広大なweb上には、僕じゃない僕がいて、僕と僕について語り合ってくれるかもしれないとも思う。
 さて2009年である。17年前である。日記を読んでいてふと気付いたのだけど、この時期、僕はまだスマートフォンを持っていないのだ。僕は、と言うか、日本でのiPhoneの発売が2008年からであり、いま対話型生成AIに訊ねたところ、2009年当時の日本のスマホ普及率はなんと1%ほどだったという。まだそんな時代だったのだ。そして普及率が1%ともなると、「持っていない」という言及もするはずがないので、逆に見落としがちになるけれど、この時代、人はまだ、対話型生成AIはもちろんのこと、LINEもGoogle mapもサブスクもない世界を生きていた。いまそれらのサービスが快適にやってくれることを、どうにかこうにか、わりと自力でやっていたのだ。なんだかすごい。大袈裟に言えば、それはもう現代じゃない。昔だ。これが平成レトロというやつか。応仁の乱、マジつらかったよね。
 こんな記述がある。

 ウォークマンが壊れた。パナソニックのSDウォークマン。それの初期のほうのやつだから、なんだかんだでかなり使った。直接ポケットに入れたり鞄に入れたり、扱いはぜんぜん丁寧じゃなかったのに、ずいぶんもったものだと思う。次に買うとしたらやっぱりipodなのかな。そもそもパナソニックはウォークマンやめたっぽいし。カセットやMDの世代として、意地でもSDに固執したい気持ちがあったが、でもそういうのの魅力ってなにかと言えば、自分で編集したベストソング集の入った記憶媒体を、友達とかクラスメイト同士でやりとりするみたいな、そういう点にあるわけで、こんなにもSDウォークマンが流行っていない状況ではそれがままならず、もちろん僕もこのウォークマンを使っていた数年間で、いちどもそんなことはできず終いで、だとしたらこれはただの、ipodほど便利じゃないポータブルプレイヤーに過ぎないので、どうしようもない。ちなみに故障具合は、充電はできるのだけど、パソコンに接続してデータを落とすことができない状態。つまり今SDに入っている曲だけでずっと満足するほかない。構わないよ。ある意味これは、飽きっぽい、音楽作品を使い捨てする、てめえらipod野郎たちへのアンチテーゼだよ。このウォークマンを使うってことは、まるでボロボロの学ランを羽織っているような気分だ。エリート私立校に転入してきたバンカラのような気持ちで、しばらくは街を闊歩したい。そしてそのうちipod買おう。
(「KUCHIBASHI DIARY 2009年8月25日)

 SDウォークマン! あった! 使ってた! なんという時代の徒花アイテムであろうか。ちなみにiPodの発売は2001年、miniが2004年、nanoが2005年なので、2009年当時、iPodは既にぜんぜん一般的なものだった(こうして見るとiPodとiPhoneって思っていた以上に間が空いているんだな)。そんな状況下でSDウォークマンを愛用していたというところに、僕をはじめとする僕推し連中のトークは大いに盛り上がる。酒が進む。
 先日、映画の「間宮兄弟」を観たのだけど、この中で塚地演じる間宮弟が、好意を寄せる人妻に自作のMDを貸そうとしたところ、人妻がおもむろにトップスの合わせを開いて、そこにはiPod的なシュッとした音楽プレイヤーが首から提げられており、なのでMDは必要ないし、さらに言えばあなたからの好意に迷惑している、ということを伝えるシーンがあった。おもひでぶぉろろぉぉんでこのあたりの記述を読んだのと、その鑑賞が、ほぼ同じようなタイミングだったので、これはとても劇的に印象に残った。ちなみに映画の公開は2006年である。2006年には既にMDは時代遅れになっていたし、ましてやSDウォークマンなどというものは、話の俎上にも上がらないのだった。
 ちなみにだが、僕が自分を含めた世代のことを「MD世代」と命名するのは、2009年よりもあとのどこかである。この時代にはまだその自認にたどり着いていない。愉しみだな。
 続いてこの話の顛末ということになるが、こんな記述があった。

 ファルマンからひと足早く誕生日プレゼントをもらう。iPod shuffle(4G)だ。小さい!
 音楽の入れ替えができなくなったSDウォークマンを固執して使うことは、結局あまりなかった。割とすんなりとiPodに移ってしまった。だってひと晩充電して50分くらいしか動かないんだもの。移るほかないだろう。でもpapiroのそういう柔軟さ、僕は好きだな。
 アップルストアで注文して今日届いたのだが、そんな今日にちょうどアップルのiPod新バージョン発表ニュースがあってびびった。幸いなことに僕のもらった4Gのシャッフルは、いちばんショックが少なかったんじゃないかと思う。8800円だったものが7800円になったようで、1000円分のショック。色が3色追加されたことに関しては、それでも僕はシルバーを選んだろうから被害はない。買うとき1Gと4Gで迷ったのだが、1Gにしていたら同じ値段で今日から2Gになったみたいだから、これは割と哀しかったろうと思う。とは言えその哀しさも、nanoにしていた場合ほどではないだろう。nanoはそもそも選択肢になかったが、本当にこのタイミングで買わなくてよかった。
 ところでアップルストアで購入したため、刻印サービスというのがあるのだ。と言うか割とそれにひかれてオンラインで買った面がある。入れた文字は言うまでもないだろう。「ファルマン I LOVE YOU」だ。嘘だ。「NAYAMUKEDOKUZIKENAI」です。クリップの鏡面部分、リンゴのマークの下らへんに刻印されている。素敵。Apple×NAYAMUKEDOKUZIKENAIの、世界にたった1台のコラボモデル。iTunesの操作はまったく解らなくてムカつくのだけど、大事にしてゆこうと思う。
(「KUCHIBASHI DIARY 2009年9月10日)

 iPod shuffle。やっと持ったかと思ったらshuffle。この青年はいったいどこまでひねくれるのか。なぜ素直にminiやnanoにしないのか。そんな性分では、これから先も生きるのが大変じゃないのか。青年の多難な前途が予期され(結果として確定し)、ひとり気を揉む。
 あとこれは過去の記憶媒体の話の際、絶対的に感じることとして、数字が小さい。1ギガとか2ギガとか4ギガとか、そういう話を大真面目にしている。いや、1ギガってすごいけどね。たぶん僕は最初の頃、128メガバイトのUSBメモリを、1000円以上とかの値段で買ってたからね、その頃に較べればもちろんすごいのだけど、それでも2026年の感覚からすると、ままごとのように思えてしまう。きっと今が異常なのだけど。
 あとこれも隔世の感として、日記の記述によると、なんか値下げ的なムーブがあったらしい。これも信じられない。アメリカの企業が、商品を値下げすることなんてあったんだ。もっとも2001年に発売された初代のiPod(5ギガ)のお値段は47800円とのことで、それの持つ機能のことを思うと、今の感覚からすればものすごく高いのだけど、それでも当時は十分にその価値があったわけで、物価というのは水物だな、としみじみと思う。
 このときのiPod shuffleについては、おそらくこのあとの26歳以降の日記でも、なんかしらの記述はあるだろう。それなりに使ったような気がする。当時は都内在住で、自転車や電車を利用していたので、僕だって移動中は音楽を聴いていたはずだ。ただしその頃どんなものを聴いていたのかは、まるで思い出せない。今はもう無きiTunesで管理していたはずだが、もちろん跡形もない。はかない。こういうときMDだったら、手書きの曲目のラベルシールがあるので、ちゃんと懐かしめるのに。
 あと話はがらりと変わるのだけど、こういう記述があり、おお、と思った。

 モーニングを読んでいたら福満しげゆきの妻が妊娠していて、うわあ、と思った。火曜日のアクションのほうで「次号重大発表!」となっていたから、<ドラマにでもなるのかな>と考えていたのだけど、まさか妊娠とは思わなかった。僕は「僕の小規模な生活」から入って、「僕の小規模な失敗」とかを最近まとめて読んだ人間なので、作者の冴えない青年時代がまだぜんぜん最近のことのように思えていて、作者が今ではアクションとモーニングで連載を抱えている割と売れっ子漫画家だ、というイメージをまだあまり掴めていなく、そのために奥さんが妊娠という発想がまるで浮かばなかったのだった。しかしめでたい。嬉しい。青年時代の冴えなさを漫画で見ているだけに、今週号のモーニングのしあわせな妊娠発表はよかった。きれいに人間讃歌が決まった感じで、もう最終回でいいんじゃないかとさえ思った。だって漫画の性質上、出産後は子どもと3人での生活が描かれるのだろう。それってなんか違う気がする。もちろん愉しみな部分もあるけど、子育てコミックエッセイでは違和感も大きい。さてどうなるのかな。
(「KUCHIBASHI DIRY 2009年9月2日)

 福満しげゆきは、もうすっかり子育てコミックエッセイの印象の人になっているので、そうなりそうなことに違和感を抱いていることに、とても違和感を抱いた。そうか。ならばもしかしたら、福満しげゆきの原理主義者みたいなのがまだこの世には残存していて、現在の子育てコミックエッセイに対し、忸怩たる気持ちを抱いているのかもしれないな。
 あとこんな記述も感慨深かった。

 今日は作業的な労働をやって、その際に埃対策としてマスクが配られたので着けたのだけど、そうしたらマスクが非常に臭くて往生した。あんな狭い空間で息を吸ったり吐いたりして、唾が飛んで唾液が攪拌されたら、それは臭くもなろう。後半など大便のようなにおいさえしはじめ、なんだか哀しくなった。(たぶん)僕の口は基本的には臭くなくて、でも空気に触れた唾液にはどうしたって若干の臭さはあり、その小刻みのジャブがマスクの繊維に蓄積してゆくことによって、強烈ストレートな大便の臭さに昇華された感じだった。インフルエンザ予防って言ってあいつらみんなこんな大便のにおいを嗅いで生活してんのな。ありえんわ。臭さに呼吸が整わず、意識が朦朧として、体調が崩れるかと思った。やはりマスクの奨励には大いに欺瞞を感じる。
 それとファルマンの歯痛が続いていて厄介だ。痛くて眠りが浅かったりもするようで、「じゃあ痛み止めの薬を飲めよ」と僕は言うのだが、「薬はなるべく飲みたくない」と拒み、その一方で「インフルエンザが怖い」とか言うのだからどうしようもない。結局ファルマンは僕の言うことはぜんぜん聞かず、どこの馬の骨が書いたか知れないネットの意見ばかりを信用する。
 昨晩など寝る際に歯痛対策として「枕だと頭が高すぎて顎に負担が掛かるからタオル程度のものを敷いて寝るとよい」みたいな阿呆な記述に騙されたらしく、実行していて、そしてそれはどう見ても寝心地が悪そうで、ムカついたのでタオルを没収して枕を置き、ついでに痛み止めの薬を飲ませて寝かせた。インフルエンザが怖いのならどうか安眠して万全の体調でいてほしい。どうか軽薄な矛盾した行動は取らないでほしい。
 ちなみにファルマンの会社ではインフルエンザ対策として「人ごみに近付くな」というお触れが出ているそうで、それには販売業の人間としてひどく憤りが湧いてくるのだった。「地球最後の日になにがしたい?」「最高級フルコースが食べたい」みたいな、誰が地球最後の日にお前に料理なんか作るよ、という厚顔さを感じる。高速道路無料化に反対する「高速道路を使わない人間の税金も使って賄うのはおかしい」論法の、じゃあもうお前は近所の牧場に行って肉をもらい近所の畑に行って野菜をもらって、地方産のものは一切享受せずに生活しろよ、という感じにも近い。その人が強欲で奔放なキャラクターを標榜するならまだしも、「人ごみに近付くな」も「最高級フルコース」も「高速道路を使わない」も、正論のようにいけしゃあしゃあと、なんかしらのことを自分は言っているみたいな顔で唱えるから嫌だ。
(「KUCHIBASHI DIARY 2009年9月15日)

 2009年はまだ、(ほぼ)スマホ前だし、東日本大震災前だし、コロナ禍前である。
 この正義の青年は、ここから干支ひと回りの12年間くらいで、とてもさまざまな体験をし、そのたびに世界に対し、義憤に駆られたり、諦観したりする。そして結果的に、「この世で自分しか愛しくない」という境地へと達する。おもひでぶぉろろぉぉんはその軌跡をたどる旅。愉しい。こんな愉しいことが人生に待ち受けていただなんて。解る。俺もそう思う。俺も。俺も。俺も。よーし、じゃあ改めて乾杯だー。ウェーイ。

2026年5月11日月曜日

25歳の僕賛歌 ~おもひでぶぉろろぉぉん~


 ずいぶん長く一緒にいた25歳の僕と、とうとう別離した。
 一抹の寂しさがある。もちろんその次の記事からは26歳の僕が現われていて、そして26歳の僕というのは、25の僕に対して、まったくの別人ということではなく、実は同一人物だったりするのだが(ネタバレだけども)、しかし当時の日記を書いている僕が、本当はみんな同一人物で、すなわち現在の自分もまたそこに含まれるのだと考えると、僕はひとりぼっちということになってしまい、それは寂しすぎるので、やっぱり年齢で区切って、小学5年生のタエ子のように、僕は25歳の僕から26歳の僕へとパートナーを替えたのだと考えたい。未来の僕は、過去の僕に対して、圧倒的に強い立場にあり、どれほど相手をしてやるかの裁量は完全に委ねられている。やろうと思えば、とっかえひっかえできる。であればこそ、身勝手にぞんざいに扱うのではなく、気が済むまで慈しんでやりたい。実際、びっくりするくらい愛しい。過去の自分の愛しさ、半端ない。抱きしめてやれないのがもどかしい。
 25歳。24歳の最後のほうに入籍をしたので、既婚者としての人生がほぼここから始まっている。ちなみに26歳の5月にはファルマンの妊娠が判明し、実際のポルガの誕生は27歳になってからとは言え、やはりその時点で父親になる路線は確定したわけで、だとすれば僕の人生で、子を持たない既婚成人男性という肩書を持つのは、25歳の僕だけだということになる。そういう1年だったのだ。25歳の僕の特殊性は、そういう部分にあるのだろう。
 西荻窪のレンタルボックスでヒット君人形などを販売したのも25歳の出来事で、いま振り返れば貴重な体験であったと思う。「月刊少年 余裕」という同人誌を作ったのもこの時期。「月刊」はもちろん最初からジョークのつもりだったが、数ヶ月や、あるいは数年後くらいには、2号3号を作るだろうと思っていた。思っていた以上に作らなかったな。見切り発車でスタートし、期せずしてそれまでの日記活動の振り返りのようになったTシャツデザイン企画もあったし、「puropedia」も立ち上げ、さらにはブログの製本もした。もともとその兆候はあったが、どうもここらへんで僕の自己愛は躍動しはじめたようである。42歳の僕が25歳の僕を愛でるように、25歳の僕は20代前半の僕のことを愛でていた。
 8月31日の日記にこうある。

 製本日記を読んでいたら、昔の自分が、本を読めなくなってきている自分を憂い、その原因をこの日記にしていた。曰く、毎日ここに文章を書かなければならないから本を読む時間がなく、アウトプットばかりでインプットがまるでないから、このままでは自分は薄っぺらな人間になってしまう、ということだった。若い。「インプット」「アウトプット」という言葉が大学生っぽくて恥ずかしい。
 その頃よりもさらに本を読まなくなった現在の自分から、当時の自分へのメッセージとして、「自分」というのは必死に本を読んで保たれるような、そんな薄っぺらいものではなく、むしろアウトプットすればするほど、世界で他の誰も研究していないpurope★papiroという人格は掘り下げられ、そこから無限のインプットが生まれてくるのだ、と言いたい。
 言ったら23歳の僕はドン引きするだろうな。
 約3年後の俺、どんだけ自分のこと好きなんだよ、と。

 さらに次の日にはこうも書いている。

 つまりインプットっていうのはなにかを「入れる」ことではなくて、自分の中に「入る」ことなんだよ、っていううまいことを昨日の記事をアップしたあとに思いつき、眠る直前のファルマンにパピロートークしたら、「かんめーをうけた……ZZZ」と言ってくれたので、こうしてわざわざ書いた。

 まず間違いなく26歳のファルマンは本当には感銘を受けていないのだけど、そんな若い夫婦の閨を覗き見ている(ドラえもんのタイムマシンの穴のようなものから見ている)42歳の僕は、きちんと感銘を受けた。そうは言っても書店員だった当時に較べ、いまの僕はさらにさらに本なんか読まなくなっている。もはや書籍なんて二次元ドリーム文庫しか読んでいない。でもなんの問題もない。その根拠はまさにこのときの理論にあって、インプットなどしなくても、僕には人生で使い切れないほどの資源を蓄えた沼へ、日々イントゥプットしているので、よそから持ってくる必要などないのだ。この考え方は、25歳に確立していたのか。
 続いて9月8日の日記。

 そもそもpuropediaを作りはじめたところらへんがその序曲だったと思う。なにしろweb2.0の最大特徴というのは「集合知」だった。みんなで知識やデータを持ち寄って、wikipediaなりYouTubeなりの巨大データバンクを作り上げる時代、それが2.0ってことだったろう。だからそれに対してのpuropedia。パピフェス。宇佐木学園ぴょんぴょんブログ。
 一向に全貌が明らかにならない宇佐木学園ぴょんぴょんブログだが、実を言うとこれは架空のブログであり、ガーターリングテイオクオフショーツソックスやランジェリー期末試験など、学校にまつわる言葉がこのクチバシダイアリーで出た際、「あはっ、これ宇佐木学園ぴょんぴょんブログの校則にしようっと」と言うときに名前だけ登場する、そういう存在なのである。
 このブログは新しい。画期的だと思う。ブログと言いつつ実はブログじゃないのだ。幽玄の存在。web2.0とか3.0とかそういう次元じゃない。だってweb上には存在しないブログなのだ。それは僕の心の中にだけある。こんなブログ見たことない。でもあるいは逆に、誰もがこんなブログを抱えて生きているのかもしれない。みんな誰かの愛しいブログなのかもしれないね。
 そんなわけで、webマイナス3.0、開幕です。

 web2.0って懐かしい。3.0ってあったの? SNSとか? それとももうあんまりそういう言い回しはしなくなったのだろうか。ともあれ、僕はここでマイナス3.0を宣言し、存在しないブログを存在させ始めた。この時点で既にブログを作りすぎていて、リストカットを繰り返す人が痛覚をなくすように、尿道が緩い人が小便を漏らしていることを知覚できなくなるように、もうブログを作る感覚が狂ってしまったらしい。
 宇佐木学園ぴょんぴょんブログは、はじめ存在しないブログとして存在していたのだ。そのことにびっくりする。なぜなら、そのブログは2026年時点で、実際に存在しているからだ。虚構がいつの間にか現実になっているから、webマイナス3.0はやっぱり幽玄の、量子論的な、存在と不在が遍くマーブル状に入り乱れる、捉えづらい観念なのだと言える。
 25歳の僕は、宇佐木学園ぴょんぴょんブログの実体を持たなかった。26歳になった瞬間、僕はそれを持った。なぜならそれは、25歳の僕が、「いろいろ一生懸命がんばった25歳の自分へのご褒美として」自分に贈ったものだからだ。自分と言いつつ、25歳の僕から26歳の僕へのプレゼントなのである。25歳の僕はそんなことまでしたのだ。愛しすぎるだろう。

2026年5月9日土曜日

股間周りの話3選


 GWに陰毛をすべて剃るということをした。頭髪のほうは、いまやけに伸ばしていて、外出時は結ぶというところまでまた来ているのだが、こと陰毛に関しては、気温の高まりを受けて、素直に全剃りしたのだった。作って穿いている水着が大変なローライズにつき、気を抜くと上端から陰毛が覗けてしまうので、これまでも上部のほうは剃り、全体のボリュームも抑え目に調整していたのだが、ここに来ていっそなくしてしまえと、やってしまった。ざっと目を通しても記述を見つけられなかったが、たしか去年もおととしも、こんなような時期に同じことをしたように思う。ちなみにだが、いちど剃ると濃くなるなどという伝承は真っ赤な嘘である。
 生えていることに鬱陶しさを感じたから剃ったわけで、なにもない状態に対し、身軽さや爽快感を得るのだけど、それと同時に、陰毛が生えていることへの憧憬もまた芽生えていて、我ながらなんだかすごいな、と思う。単に僕の精神がすごいのか、あるいは僕のぱぱぼとるというものが特別そうなのか、いつまでも飽きさせることなく、貪欲に高みを希求し続ける。満足することはいつまでもない。嘘だ。射精したあとはしばらく落ち着く。

 アイロンプリントをデザインしたオリジナルTシャツを着ていて、胸元に大きく「CFNM」と書かれたものは、あらかじめ「どういう意味か」と訊ねられたときの言い訳として、「ケーキ、フルーツ、ナッツ、ミルク」というのを用意していたのだが、「Seventeen Centimeterian」に関してはノーマークで、文字数が多いから、「なんかしらのフレーズなんだろうな」と適当に受け止められるだろう、Tシャツのデザインって得てしてそういうもんだろうと楽観視していたところ、ピイガが「それはどういう意味だ」と訊ねてきたので、答えに窮してしまった。「お前のパパは17cmあるほうの種族なんだよ。だから(そこを乗り越えてきた)お前も誇りに思いなさい」というのが実際の答えだが、さすがにこの春からJCになった娘にそんなことは伝えられないので、仕方なく、「……い、いつまでも17歳の心を持ち続けているってことだよ!」と、センチメータリアンとセンチメンタルをない交ぜにした、よく解らない弁明で切り抜けることに成功した。42歳の父親が、「俺の勃起は17cm」とアピールするのは問題外だとしても、いつまでも17歳の心だということを標榜するTシャツを着るのは果たしてどうなのか。僕は切り抜けられたのだろうか。切り抜けられたのだとして、いったいなにから僕は切り抜けたのだろう。そして切り抜けた先に、どんな景色が広がっているというのだろう……。

 先日プールの更衣室で、中学生くらいの男子のグループがいて、自分の頃もそうだったから実感を伴って解るのだけど、裸になること、すなわち仲間内でぱぱぼとるをさらけ出すことに、抵抗のあるグループと、ぜんぜん抵抗のないグループというのがあるだろう。その日のグループはそれで言うと完全に後者で、特にそのうちのひとりは、裸でガニ股になってぱぱぼとるをぶらぶらさせていた。すげえなこいつ、と思った。でもさらにすごかったのはそのあとで、それを見てゲラゲラ笑っていた仲間のひとりが、「お前やめろよ(笑)」みたいな感じで、彼の股から垂れ下がって揺れるぱぱぼとるを、ぺいっとビンタするように手で払ったのである。JCとJKの娘を持つ、ノビタットレと呼称するオリジナルの水着を作って穿く42歳男性、その一連を無言で眺めながら、内心かなりの嵐が吹き荒れていた。
 ちんこ芸って、要するにちんこという小道具を使ったモノボケだが、しかしその、笑いを誘発する爆発的な力を持つチートアイテムは、あくまで自分専用で、他者は不可侵なものだと思っていた。他人のふんどしで相撲を取るではないが、人のちんこは、触っちゃダメだと思う。本人が腰を揺らしたり、あるいは触って形を変えたりしている間はチートアイテムだが、他者が触ると、それはもうその瞬間に、笑いのアイテムではなくなるのだ。発見だった。「男が別の男のちんこに手をかける」という場面を、そう言えばBL漫画などではなく現実では生まれて初めて目にしたかもしれなくて、そういう意味で清新な心の動きがあった。
 更衣室で同性のプライベートゾーンを触る、というので思い出すのは、あかりのおっぱいを着替えの際すかさず揉んでくるゆっこのことだが(具体的な作品があるわけではないが、こういうとき胸を揉まれるのはどうしたって「あかり」だし、揉むのは確実に「ゆっこ」である)、今回の出来事は男版ゆっこ、言わば逆ゆっこ現象だったと言える。いったいなにが逆なのか。本来は女同士でやるものを男同士でやっていたから逆なのか。それって果たして逆なのか。ゆっこがあかりのおっぱいを揉むやつの男ver.がぱぱぼとるになってくるのは、それはまあ理に適っているとは思う。何度も言うけど、まりもっこりの女性ver.は胸がもっこりしているのだ。男のちんこが女のおっぱいなのだ。そしてゆっこもさすがにあかりのヴァギナには手を這わせない。そう考えるとヴァギナってすげえや。
 ヴァギナってすげえや、という結論に至ったお話でした。

Google PixelとYahoo!フリマ


 Google Pixelから3日で撤退したのは、いろいろ理由はあるのだけど、なによりカメラが好みじゃなかった。これがまったくもって予想外だった。だってiPhoneやGoogle Pixelというのは、それ以外の安いスマホに対し、カメラの性能で圧倒的な差があるのだと思っていた。フワちゃんだってカメラ機能のことをCMで言っていた。それでそういうイメージがあった。でもよくよく思い出してみると、フワちゃんが言っていたのは「消しゴムマジックで消してやるのさ」という、機能というか、ツールの話であり、写真がめっちゃきれいに撮れる、みたいなことは別に言っていなかったような気がしてきた。そうか。そうだったか。
 論より証拠。これが3日間限りのGoogle Pixelで撮った写真。


 そしてこちらが3日ぶりに戻した、これまで通りのスマホで撮った写真。
 

 Google Pixelのカメラは、撮影前に色味のモード設定みたいなことができなかった。下の写真、すなわちいつものスマホでは、グルメモードという、本来は食べ物を撮影するときに使うのだろうモードで、だいぶ暖色になる感じで撮っている。それがままならないため、ものすごく血色の悪い写真になった。カメラを構えた瞬間、え、これ本当に? と思った。
 加えて、Google Pixelは1:1のアスペクト比もできないのだった。設定の欄を開いて、そこに3:4と9:16しかないのを見て愕然とした。これまでショーツも水着もずっと1:1で撮影してきたので、とても困った。インターネットで解決策を探ったら、「撮影時にグリッドを表示させて中心に撮りたいものを置いて撮影し、そのあと編集で余分な部分を削除すると1:1の写真になります」とあり、そんなん誰がすんねん! と思わず地元の言葉が出てしまった。
 それでも乗り換え直後は、これからはこのスマホでやっていくのだという気になっていたから、ちょうどこのとき10枚くらい撮影しなければならない水着があったのだけど、ひと通り撮影したのである。撮影し、いちどそれでYahoo!フリマに出品もした。したのだけれど、やっぱりどうしても堪えられなくなって、ジョニファーに10枚の水着を穿き替えさせて撮影するのってけっこうな労力なのだが、仕方なく元に戻したスマホですべて撮り直した。どんなもんかと興味があったGoogle Pixelが体験できたのだから、1200円ほどのスマホケースなど安い教材代であった、ということを前に書いたが、この無駄な撮り直し作業もまた、Google Pixelを知るための必要経費であったと言えるかもしれない。
 さてそんなYahoo!フリマでのNOBITATTLE水着販売なのだが、ひとつ前の記事で、「GWに作った商品の販売が開始できない」ということを書いた。これはいかなる理由かと言えば、ひとつのアカウントで出品できる数は100点までと定められているからで、少し前からそれが近づいてきている認識はあったのだが、このたびとうとう上限に達してしまい、新しい出品ができなくなってしまったのだった。
 非常に嘆かわしい、忸怩たる、情けない話である。供給ばかりが空回りし、需要がぜんぜん伴っていないのである。逆ならいい。逆ならかっこいい。逆じゃないのでとてもかっこ悪い。せっせと作って販売してるのに、売れないからもう出品させてもらえないのである。こんな恥ずかしい話があるかよ。
 対応策として、新しいものを出品するために、古いものには見切りをつけ、公開を停止するのが常道なのだろうが、見切りをつけてどうすんだ、売らない以上、永遠に在庫として持ち続けるのか、という話で、そういうわけにもいかないので、考えた末にどうしたかと言えば、こうした。


 最初期のパターンなのだが、ひとつのページに、色違い的な感じで4点を並べ、注文時に番号を伝えてもらうという形式にしたのである。こうすることにより、4つの商品ページが1つになるので、3つ分の枠が増えることとなる。これをさしあたって5つ作成したので、すなわち20点の商品が5ページにまとまり、15点、新しい極北ボックスが出品できることになった。やったぜ。いったいなにが「やったぜ」なのか。冷静に考えると、こんなに悲惨な話はない。ついでに値下げもした。これらは1枚1500円としていたが、このたび1300円になった。1300円。人の労力をなんだと思っているんだろう。フェアトレードの観念が低い。観念が低いことは、気付きにくいかもしれないけど、罪だ。反省してほしい。ページを貼っておくので、態度で示せばいいと思う。

2026年5月6日水曜日

2026GW


 5日間のGWが終わろうとしている。
 しっかり堪能したかと言われると、「あたぼうよ!」とは言いづらいが、ぜんぜんよくなかったかと言えば決してそうでもなく、まあ順当なところに落ち着いたかな、という感じだ。毎年だいたいそんな感じ。ちなみにGW開始前の記事で宣言したように「おもひでぶぉろろぉぉん」をやって、無事に26歳ゾーンに突入したのだが、まさにその誕生日あたり、というのも僕の誕生日はシルバーウィークと呼ばれる期間中に在ることが多く、2009年もまさにそうだったのだが、世間では今年のGWと同じ5連休が展開されたらしい。しかしながら当時書店員をしていた僕は、その5日間中、4日間出勤していたのだそうで、それ以降も、わりと転職をちょいちょいしてきたので、世間一般の大型連休が自分にとっては大型連休ではない、という境遇に身を置いていた時期は少なからずあり、その頃のことに思いを馳せるたびに、今回のような5連休に対し、「まあ順当なところに落ち着いたかな」などとホザいている自分のことをふがいなく感じたりもする。われながら面倒くさいな。
 今年、具体的にどんな感じで過したかと言えば、もちろん遠出はせず、いつものように義妹一家は帰省してきたので、それらや実家の面々とともに、海に行ったり、山に行ったりした。海にも山にも、などと言うと張り切った大レジャーをしたかのように聞こえるが、なにぶん、海も山も、近いのである。そう考えれば贅沢な話なのかもしれない。都会人にとっての大レジャーが、我々にとっての「近場で済ます」なのだから。
 あと今回のGWのメインイベントとして、義両親の古希の祝いがあった。誰が主導で言い出したかと言えば、だいぶ義両親自身からの働きかけがあったような気配だったが、日取り決めから場所決め、プレゼント決めまで、実は春先からこの日まで、長女であるファルマンを中心に、まあまあ煩わされていた。「煩わされる」はだいぶ言葉が悪い感じがあるけれど、しかし祝う気持ちがないわけではもちろんないのだが、いかんせん面倒が勝つのだった。大所帯だし、なにより義両親の祝われたさが強い。そのあたりの問題に、いろんな面で折り合いをつける必要があり、長女の夫としてもまあまあ気を揉んだ。
 結局、わりと実家の近所にある、隠れ家的な和食の店で昼餉の祝いとなった。まあ悪くなかったんじゃないかと思う。もっともこういうものは、成功とか失敗とかそういう尺度の話ではなく、とにもかくにも、やることに意義がある。オリンピックと一緒。勝つとか負けるとかじゃなく、参加することが大事。人との繋がりって、得てしてそんなものかもしれない。
 個人的な活動を言えば、おもひでぶぉろろぉぉんについては序盤でも触れたが、とうとう26歳に突入した。なので25歳の日記を読んで思ったことを、いろいろ書きたい。これは順次やっていこうと思う。水着作りは、GW用に仕入れた生地で、きちんと自分用と販売用の2枚ずつを作り上げた。しかしすぐに販売は開始できない。なぜできないのか。これについてもまた別の記事で改めて書こうと思う。
 まあそんな感じで、平穏と言えば平穏に過したGWであった。季節は移ろう。カエルの鳴き声がうるさい。陰毛を全て剃った。

2026年5月1日金曜日

乗り換えミス・俺島・別れと出会い


 Google Pixelに乗り換えました、という宣言があったろう。先週の日曜日のことだな。土曜日に義母から機体をもらい、もろもろの整備をして、日曜日にあの宣言をした。Amazonはすごいので、その時点で土曜日に発注したケースが既に届いていた。そして月曜日を迎え、Google Pixelerとしての日々がはじまったわけだが、それは文字通りの「日日」であり、気が付けば、これは本当に気が付けば、というくらい自然な流れで、火曜日にグランドフィナーレを迎えた。火曜日の退勤時には、これはもう使ってられないなと冷静に判断し、帰宅するなり、役目を終えたはずの元のスマホに再びSIMカードを戻した。Wi-Fiを捕まえるのが少し下手なんていうのは、Google Pixelが与えてくるストレスに較べれば屁のようなもので、なんの問題もないのだと、浮気をして美人局に引っ掛かり痛い目に遭って、初めて知った。
 今回、月曜日から持ち歩けるよう逸って買ったケースは無駄になったけれど(機体は義母にお返しするつもりなのだが、この場合はやはりケースは外して返すべきだろうか)、Google Pixelという商品に対し、いまさらiPhoneユーザーにはなれないこともあり(法外に高いし)、実は前々からうっすらと色気のようなものがあったので、それを試すことができた(そしてぜんぜん合わないという実感を得た)という意味で、今回の体験はとてもよかったと思う。そう考えたら1200円程度のケース代などとても安い勉強代だったな、と思うことにした。

 わが家の3人の女はそれぞれ「トモコレ」をやっていて、娘たちは主に自分の作ったオリジナルのキャラクターで、そしてファルマンは速水真澄やチャン・ドンゴン、まふまふやジョン・レノンなど、(だいぶ混沌とした)推しの面々を住人にしている。
 住人たちは、服を着替えたり、ごはんを食べたり、互いに交流したりするので、プレイヤーはそれを介助したり覗き見たりして、愉しむようである。相変わらずその部分の愉しさ、情趣が理解できないので、不可解な気持ちで画面を眺めているのだが、それでももしも、もしも僕がこのゲームをやることがあるのだとすれば、その場合は作成するキャラクターは全員僕自身で、「俺(18)」「俺(19)」「俺(20)」……「俺(42)」みたいな感じに、年齢ごとの僕が集っている世界を作るだろうな、と思う。娘に似顔絵を作るのは禁じたくせに、一方でそんなことも思う。我ながら自我をこじらせているな、と思う。
 家族にそのコンセプトを話したら、「キモッ!」と叫ばれた。「そんなことを考えるのは世界でお前くらいだ」とまで言われた。そうなのか。俺はこのゲーム、そのくらいの遊び方しか思いつかないけど。「俺(27)」と「俺(33)」が仲良しな一方、「俺(24)」と「俺(26)」はやけに仲が悪い、みたいな、そんなのはちょっとだけ愉しいような気がする。

 極北ボックスに瑕疵がなさ過ぎて目標らしい目標がないGWなのだけど、この度ひとつだけ見出したので宣言しておく。
 このGW中に俺は26歳になる。
 おもひでぶぉろろぉぉんの話である。2024年から足掛け3年に渡って、僕はずっと25歳であり続けた。25歳の僕自身より長く、41歳と42歳の僕は25歳の僕を長く味わった。それもとうとう終わりにしようと思う。名残惜しいけれど、25歳の僕とはいよいよお別れしようと思う。日記の読み返しは8月に突入しており、9月20日までは残り1ヶ月半というところ。これは本腰を入れればすぐに終わらせられる量だ。ぜひGWのどこかでやろうと思う。
 25歳の僕との別離は、26歳の僕との出会いを意味する。そしてそれはどこまでも続く。マジか。この島、俺と俺と俺しかいねえのな。