2026年7月5日日曜日

明かされた極北ボックスの正体と新型水着のもうひとつの飽和ポイント


 真正面から見たとき本当に長方形に見えるボックス水着を作ろうとしていて、パターンはほぼ完成した。前回の記事の時点では定まっていなかった商品名も、先日やっと決まった(まだ明かさない)。
 しかし新展開がそうやって水面下で進行している一方で、実はまだ製作中で出品できていない極北ボックスが9着ある、ということも書いた。この週末でそれは自分用・出品用ともども縫い上げ、撮影も完了したので、あとは出品をしていくだけなのだが、縫い上がったそれらを試し穿きするにつけ、我ながら自分にはそういう、無慈悲で冷徹な部分があるとしみじみと思うのだが、心はもうすっかり新型水着へと移ろってしまっているため、この上半期あんなにも僕を陶酔させていた極北ボックスがやけに色褪せて見えてしまい、この世に誕生したばかりのそれらに対し、果たして俺はいちどでもこれを穿いて泳ぐものかな、と疑わしさを抱いてしまうのだった。シュレディンガー水着の際は、サイド巾がサイド巾だったので気付くのが早かった(それでも15枚くらい作った)が、極北ボックスというのはそこからサイド巾を太くしての結果だったという来歴もあり、発覚するまでに半年を要したが、ボックスの極北と謳いつつ、やっぱりこれもボックス水着の範疇からは外れていたんじゃないかと、いまさらながら思うのだった。だってこれだぜ。


 脚ぐりが、明らかに斜めじゃないか。じゃあビキニかと言われると、サイド巾がまあまああるので決してビキニという感じではないのだけど、だからと言ってボックスでもない。じゃあなんなのかと言われたら、ボックスとビキニのあいのこで、ボッキニだったのかもしれない。そしてボッキニという名称が繰り出されたところで、前回の記事の最後のほうに匂わせた、次の新型から施行されるもうひとつの大きな変化の話に自然と繋がるのだが、それはなにかと言えば、画像を見てもらえば分かりやすい。
 まずボッキニの横から見た画がこうである。


 それに対して、新型の横から見た画がこちら。
 

 おわかりいただけただろうか。そのとおり。NOBITATTLEの象徴であるフロント部分の出っ張りが、だいぶ飽和したのである。もともと生身の人間が穿いた場合、もちろん状態にもよるが、ここまで突き出すことはないものと思われるが、それにしたって少し枯渇の追求が過ぎたのではないかと感じる部分もあり、サイド巾を太くする進化が訪れたこのタイミングで、フロントも併せて飽和させておこうと思ったのだった。サイド巾に負けず劣らず、これもNOBITATTLEからするとずいぶん劇的な転換である。だってここはNOBITATTLEブランドの名が示すように、まさに象徴的な部分であり、だからこそロゴもその立体性を利用して配置していたのだ。そのためフロントの高さが、実に1cm以上低くなった新しいパターンでは、これまで通りのロゴシートが収まるかどうか心配だったのだが、まあなんとかなったので、このあたりで手を打つことにした。ただしこれに関しては、新型をどんどん作っていくうちに、悪い虫が騒ぎはじめ、どうせまた徐々に枯渇していくんだろうと思う。でもヤドカリは生きて身体が大きくなるにつれ、背負う貝殻を大きくしていくわけで、それは仕方のないことなんだと思う。そしてイソップ童話の「牛とカエル」のように、俺はこのくらい大きいんだぜということを誇示した果てに、いつかまた破裂が起るのだろうと思う。収束と拡散、枯渇と飽和、誇示と破裂、そして勃起と賢者タイムを我々は繰り返して生きてゆく。
 近ごろは買った生地で自分用と出品用の2枚しか作らなかったりして、まだもうあと2枚ほど作れる余りがあったりするのだが、せっかく新型を華々しくスタートさせるのなら、以前別のパターンで使用した生地ではなく(それでもいつかは作ったらいいが、あくまでスタート時は)、新しく手に入れた生地でやりたいという思いがあり、それにあたって発注するデザインの選定など、なんだかリスタート感があって、今とても愉しい。華々しいスタートってなんだろう。この道、華々しいのか。人通り、ぜんぜんないんじゃないか。