2026年9月5日土曜日

年度


 夏ってほら、終わったじゃないですか。
 よく9月もまだぜんぜん暑いからまだ夏だ、なんてことを言う人がいて、他ならぬ僕自身も「9月19日までは夏、20日から秋」なんて発言を繰り返していたけれど、でもまあ、8月が終わった以上、夏ももう終わったということでいいのだと思う。
 今年の夏は御せなかった。
 夏が本格的に始まる前、昨年の反省を生かし、今年はどうにか食欲を減退させまいと、「ファルマンと口に入れる物の話はしない」という方策を取った。これは成功だったと思う。食欲ルンバに食欲を吸い取られることなく、ごはんは夏を通してしっかり、意欲的に食べることができた。ただし今年は、近年稀に見るほどに、冷麺というものを食べない夏だった。毎年夏を中心に冷凍庫に常備する、鶏ささみをほぐしたものに軽く味を付けたものも、ほとんど作ることがなかった。なぜそうも食べなかったかというと、僕以外の家族はみな冷麺が好きではないということが、今年になって判明したからだ。もともとポルガは、冷麺を食べたあとは腹を壊しがちであった。これはアレルギーとかではなく、早食いのせいに違いないのだが、そのためこれまではポルガが部活でいない昼食を狙いすまして冷やし中華を作ったりしていた。しかしあるときピイガもまた、冷やし中華はあまり好きではないという話になり、そうなるとあとはもう、この世のあらゆる食べものに関し、「嫌いなもの」と「無」しか感想がない食欲ダイソンしかいないので、なんかもう、すっかり冷麺に関して気持ちが白けてしまったのだった。そして、食べなければ食べないで、別に構わないのだ、冷麺というものは。冷たい麺くらいしか食べる気が起きない、という言い回しがあるけれど、言い回しがあるからそういう気になるだけで、本当はそんなことないのである。夏でもあったかいうどんを啜ればいいのだ。だって冷房を効かせているのだからして。そして、もしかするともしかすると、こんなことを言ったらシマダヤとかに怒られるかもしれないが、冷麺をあまり食べなかったことで、僕の今夏の食欲は護られた部分があったのかもしれない、とも思う。ポルガの腹を壊すではないけれど、冷たい食べ物によって、恒温動物たるわれわれの、保たなければならない大事なバランスが崩れる部分が、ないこともない気がする。知らんけども。
 食欲は大丈夫だったが、身体が大変だった。その最たるものはなんと言ってもお盆休み期間中に発生した耳爆ぜなのだが、それ以前から、7月のスイミング回数が2回だったという時点で、なんのことはない、だいぶ参っていたのだ。本当に、近ごろの夏の暑さというのは、いったいなんなのだろう。人類の経済活動のせいで地球温暖化が加速しているのなら、その結果としてのこの異常な暑さの夏の期間、人々はあらゆる経済活動を停止し、服もろくに着ないで、ただセックスだけをしたらいいと思う。2ヶ月で世界はだいぶめちゃくちゃになるだろう。でもそれについては9月に入ってから考えよう。残りの10ヶ月で態勢を整えればいい。この2ヶ月間を、ちゃんと文明人として生きるのは、無理があるだろ。僕が綿棒を深追いさせすぎて外耳炎になったのも、きっとそんな衝動の発露なんだと思う。ルール無用のセックスワールドを夢見ながら、僕は耳の穴に綿棒を突っ込んでいたのだと考えると、いじましくて涙が出そうになる。でも実際に出たのは耳汁だ。アミノ酸的な、なんとも言えないにおいを発するやつ。
 耳鼻科通いは、先日の診療で無事に終了した。左耳の聞こえは、どこかで劇的によくなるのかと思いきや、知覚できないほどグラデーションで回復したようで、「治った……ん、だと、思う、よ?」みたいな、微妙な感じだ。前はこの位置からあれが見えたのに、みたいな、視覚のような分かりやすい指標がないので、これが従来通りなのかどうなのか、いまいちよく分からない。今回、俺の左耳の鼓膜には穴が開いているという衝撃事実を知ったことで、逆プラシーボ、逆プラシーボって要するに呪いということだが、その作用によって、変なコンプレックスを抱えてしまった感じはある。俺の左耳の聞こえが十全であるはずがないんだよ、だって鼓膜に穴が開いてんだもん、とイジけている。イジけているので、全力を出せていない。誰か更生してやってほしい。山下真司とかが熱血指導をしてくれたらいい。俺は今からお前たちを殴る! サウスポーの山下真司。そして左耳の鼓膜はいよいよ破裂する。
 えっと、なんの話をしていたんだっけ。そう言えば耳鼻科の最後の診察を受けた数日前、体中に発疹が起ったのだった。赤いプツプツが出るだけで、かゆみや発熱は一切なかったのだが、大いに驚き、すぐに点耳薬の投与をストップした。趣味的にも仕事的にもやけに薬剤に詳しいファルマンの話によれば、抗生物質がすぐではなく、投与から2週間くらいしてから抗体ができることでそういう症状が現れることはあるらしい。ただしこれの話のややこしいところは、この発疹が出た前の晩、晩酌で大量のシジミの酒蒸しを食べたという点で、僕は大好物なのに貝類に関してちょっとアレルギー的な気配がなきにしもあらずなので、そっちのせいかもしれないのだった。それで耳鼻科の医者に、発疹が出たので点耳薬をそこでやめたのだが、と伝えたところ、もう炎症は治ってるからやめて問題ない、発疹の原因は分からない、発疹の8割から9割は原因不明だ、という言葉が返ってきて、そのときにはもう発疹も引いていたので、まあそんなもんか、そんなもんだな、と納得した。ファルマンは家族の体調不良に関し、いつもとても派手な反応をし、それは冷たくされるよりもちろん嬉しいことではあるのだが、とは言え「騒ぎ立て」という表現が頭に思い浮かばないこともなく、本人と対話型生成AIの二人三脚で次々に繰り出される、発疹の考え得る要因の羅列よりも、この世の発疹の9割は原因不明、の一言のほうが、すとんと腑に落ちたりもする。もっともそれは結局のところ、「お医者様」の言葉だからか。たとえば僕が「寝れば治る」などと言っても、誰の臓腑にも落ちず、むしろ逆流して嘔吐することだろう。早く病院に行けよ。
 耳爆ぜ(外傷)と発疹程度でそんなことを言うなんて逆にめっちゃ健康だな、という話なのだが、数え年ではなく満年齢ではあるのだけど、言っても42歳なので、もしかするとこれが厄年ということなのかもしれないな、などと思った、今夏の体調不良だった。
 でも書き出しでも述べたように、そんな夏ももうおしまい。耳鼻科医のお墨付きも出たので、昨日の退勤後、満を持してプールに立ち寄った。記録によると8月7日以来、約1ヶ月ぶりのプールである。水着が毎回新しいのはいつものことだが、今回からは心機一転、ゴーグルと耳栓も新仕様となり、どうやら僕のプールライフはグローバル志向があるようで、9月から新年度に切り替わるらしい。新しい耳栓はたぶんこれまでよりも強固で、嵌めると館内で流れている音楽がほとんど聴こえなくなったので、それだけ穴をちゃんと塞いでくれているんだろうと思う。久しぶりの水泳は、夏場のブランクによるものだろう、だいぶ体が重たいというか、泳ぐという動作に対して距離ができてしまっている感があったが、定期的に通っているうちに、軽やかに気分よく泳げるようになるだろう。もちろん泳いだあとは、指導されたように軽く耳の入口にタオルをあてる程度にとどめ、そのあと左耳に違和感などは発生していない。よかった。本当によかった。
 体調不良もなくなり、プール生活も新年度になったので、それはもう必然的に季節も移ろったということだ。まだまだ気温が35度近くなるとか、そういうことじゃないんだ。陽を見ろよ。短くなっただろ。もう夏至から2ヶ月以上経ってるんだぜ。いつまでも夏気分でいるなよ。現実を見ろよ。2ヶ月間の獣欲の日々を終えて、これからはまっとうな社会を再構築していかなきゃいけないんだから。朦朧とした意識の中で、さんざん愉しんだだろ。最後は体調を崩すほどだっただろ。やりすぎだよ。これからは地に足のついた暮しをしよう。俺は水中で浮遊するけど。