プールの建物を出たあとは、隣の図書館にも入り、そこでしばらく時間を過した。光が丘の図書館はだいぶ大きい。図書館がその土地の文化度を反映するとは限らないけれど、島根県では新刊書店でも目にしないような雑誌が配架されているのを見て、ほほー、と思った。ちなみにだが、練馬区の人口、76万人。島根県の人口、62万人だそう。え、面積? 面積は練馬区が48平方キロメートル、島根県がその約140倍の6700平方キロメートルだよ。ただし島根県民は平均身長が70mくらいなので、体感の人口密度としては同じくらいじゃないかな、と思う。
それにしても旅の記録のような文章を書いているのに、あまりにも写真がないものだ。普通こういうのって写真を挟むものじゃないのか。なぜ急にそんなことを言い出したかといえば、図書館を出たあたりで、不意に清掃工場の煙突の写真を撮ったからだ。
なぜ撮ったのかは定かではない。高かったからかもしれない。ちなみに150mだそう。島根県でもなかなかここまでの高身長の人はいない。ちなみに撮らなかったが、歩道橋を挟んでこの対面には、ポルガが誕生した光が丘病院がある。ポルガの出産時は日大光が丘病院だったが、そのほぼ1年後の2012年3月末をもって経営悪化のため運営を終了し、それ以降は公益社団法人が運営している。懐かしい。いま思えば病院の中に入り、産婦人科をウロウロしてもよかったかもしれない。本当に普通に通報されたかもしれない。
それからさてどうしたものかと思案し、ファルマンに連絡を取ってみる。そこで練馬に戻ってくる時間の目処を聞いたので、まだ早かったけど、IMAの周辺をこれ以上さまよっても仕方ないので、とりあえず車を出すことにした。
それでMapの目的地に、集合場所である「中村橋」と打つため「な」と入力したところで、俺の優秀なスマホはすぐさま「成増」を候補に出してきたので、わあ、となって、せっかくだから成増行っちゃいますか、とまた思い出のことでテンションをブーストさせた。実はIMAの駐車場に停める前、光が丘公園の外周の道を走っていたときに、ああこれは、成増が職場だった頃、光が丘公園を通る際に使っていた出入口ではないか、と思うスポットがあったりして、成増にも少し思いを馳せていたのだ。なので、せっかく車だし時間もあるのだから行ってしまえ、という感じで、板橋区へと渡り、成増駅まで行った。光が丘公園と成増駅を繋ぐ道は、懐かしいような、あまり記憶にないような、微妙な感じだった。自転車で疾走していたから、あまり景色に見覚えがないのだと思う。成増駅は、きれいになってからいちどだけ行ったことがあった。あれはいつのことだったろうと日記を探ったが、うまく出てこなかった。まあ、そのうちおもひでぶぉろろぉぉんでたどり着くだろう。成増駅は、車が停められそうな場所がぜんぜん分からなかったので、ロータリーから外観だけ眺めた。面影が残っている部分と、ぜんぜん記憶と合致しない部分があり、でも僕と成増駅って、通っていた当時からそんな距離感だったよな、などと思ったり、じんわりした感慨に耽った。やっていることが本当に老境。なんだ、じんわりした感慨って。ちなみに成増と言えば、2011年3月11日の午後2時46分、僕はここにいたのだ。駅の建物全体がゆらゆらと気持ち悪く揺れ、店の本という本が床に落ちたのを覚えている。そして店長の山下さんが「とりあえず帰って家族の様子だけ見てこい」と言ってくれたので、光が丘公園を突っ切って慌てて帰ったのだった。光が丘と成増の記憶は、どうしたって東日本大震災の記憶になってくる。
とにかく久しぶりに来れてよかった、と思いながら、今度こそ目的地に中村橋と入力し、車を走らせる。しかし思い出乞食はまっすぐ進めない。指定された道を走っていると、光が丘公園の裏手あたりで、ここは当時住んでいたコーポに向かう道ではないか、という風景を発見したのである。その住まいは光が丘駅から徒歩15分くらい離れていたので、こうして車でなければ、わざわざ駅から歩いて、思い出探訪のためだけには行けない場所である。時間はまだある。行くっきゃない、とハンドルを切る。しかしうっすらした記憶しかなくて、たしかこっちのほう、という感覚だけが頼りだ。15年前の住まいの、毎日通った道を、こんなにも忘れるのか、とびっくりする。住所を覚えていれば入力するのだけど、それもまた覚えていない。日記を日々どれほどせっせと書いていても、人生というものは、本当にさらさらと手のひらからこぼれ落ちてゆくばかりで、たまたま残った一滴程度の記憶しか残らないのだな、と切ない気持ちになる。ブックオフやピザーラがあって、絶対にこのあたり、このあたりの住宅街を入っていったほうなんだよ、と思うのだが、どうしてもたどり着けずにホテルカデンツァやガスタンクのある大きな道に出てしまう。それをまた戻って、ということを2回繰り返したが、結局あきらめた。もしかするとあんなコーポなんて本当はなかったのかもしれない。たまたま繋がった並行世界のコーポだったのかもしれない。そういうのって、洋館とか、もっとファンタジックな施設で起る現象かと思っていた。すごく普通のコーポだった。更新料とかも払ったと思う。並行世界なら払わなきゃよかった。
思い出記録のタガが外れた。長すぎる8月12日の完結編へ続く。
