2026年8月16日日曜日

2026年夏の自家用車横浜帰省 2日目 8月11日


 起きて世界がぐわんぐわんしていなかったのでとても安心した。血行をよくしたほうがいいはずだという言い訳を頭の中で唱えながら、朝風呂に入った。気持ちよかった。こちらの体調不良、それによる精神不安などはあったが、それでもやっぱりキャッスルイン豊川は快適だった。ちなみに今回で4泊目。なかなかのものである。
 出発時点で空は薄曇り。しかしこれから関東に進んでいくわけで、どこかで崩壊は訪れるのだろうと覚悟しながら、実家に向けて出発する。耳汁は相変わらず出ていたが、運転には支障がなかった。なにしろ運転できるのは自分しかいないのだから、気張らなければならないのだ。
 ちなみに去年はこの日の移動の途中で、清水のちびまる子ちゃんランドに寄った。今年もここにひとつ経由地を計画していた。しかし天候が天候なのでたぶんダメだろう、おとなしくまっすぐ実家に向かおう、と昨晩や朝の時点ではあきらめていた。ところが実際に車を走らせ、空の様子やニュースを眺めるにつけ、どうやら大丈夫そうだぞ、ということになり、やっぱり当初の目的を実行することになった。
 横須賀市は浦賀にある、ペリー公園および記念館である。
 横須賀市は、そのまままっすぐ進めばすぐに横浜青葉ICとなる、ひとつ前の横浜町田ICで降りて南南西方面、すなわち三浦半島を突き進むわけで、よく見るとぜんぜん通り道ではない。純然たる寄り道である。しかしわざわざ実家からペリー公園に行くかと言われたら絶対に行かないわけで、大移動の勢いとしか言いようのない、4時間が5時間になってもそんなに変わった気がしないよね、みたいな謎の理論で実行された。ちなみにリクエストしたのはもちろんポルガである。ポルガ以外の誰がペリー公園に興味を持つというのか。
 そんなわけでたぶん生まれて初めて足を踏み入れた横須賀市は、なんとなくギラついた若者の街のようなイメージがあったのだが、実際はわりと色彩の少ない、地味で落ち着いた印象だった。たどり着いた浦賀には海岸があり、実際にそこなのかは知らないが、いまから173年前の1853年に、このあたりに黒船が来たんだなー、そうかー、浦賀って本当にあったんだー、思ってたより近かったんだなー、横浜の教師ってぜんぜんそういう臨場感とかを伝えなかったんだなー、という感想を抱いた。砂浜から道を挟んですぐの所にペリー公園はあり、その敷地内に大きな石碑と記念館が建っていた。ちなみに記念館の入館料は無料で、つまりそこまで力の入った施設ではなさそうで、はっきり言って全体的になかなか渋いスポットだった。それゆえにディープだし、それでいてネームバリューだけはあるので、「浦賀のペリー公園に行ったことがある」というのはなかなか貴重な称号かもしれない。もっとも来年の大河ドラマは小栗忠順なので、多少はこのエリアも盛り上がる可能性がないことはないかもしれない、とも思う。ポルガは行けて満足したようだったので、まあ行ってよかったかな、と思った。
 浦賀を後にして、実家へと向かう。1時間くらいだった。マジかよ、実家とペリー来航の地は、車で1時間なのかよ。
 実家には母と祖母、そして甥がいた。中学2年生である甥は、去年よりもだいぶ成長していた。身長は8cmくらい伸びたと言っていたか。ただし本人の気性か、令和はそういうものなのか、あるいはそれはまだ先なのか、思春期男子特有の「はあ? ちげえし」的な、朴訥で生意気なあの感じはぜんぜんなかった。と言うか、いとこ一家を出迎えるために祖母の家にひとりで先に来ている、という時点でそのモードに入っているはずがないのだった。
 やがて叔父も来て(母が迎えに行って)、そして姉夫婦と姪もやってきて、初日ながら一族が揃った。「来年はもういない」としきりに言う97歳の祖母も含め、みんな相変わらずだった。なによりなことである。晩ごはんは定番の手巻きずし。おいしかった。
 夜、敷いた布団の上に、持ってきたマットを乗せた。去年、実家の布団のあまりの硬さを嘆き、絶対に折り畳みのマットを調達して持っていこうと心に誓ったが、本当に購入し、実行したのだった。子どもは別にぜんぜん平気だというので、ファルマンと僕、2枚分である。これがすごくよかった。厚さ3cmほどの、ごろ寝用低反発マットみたいなものなのだが、あるとないとでは大違いだった。特に今回、耳の不調で眠りが浅かったり、体がいつもよりダメージを負っていたので、あって本当に助かったと思う。いい買い物をした。