枕を変えたのに起きた時が一日でいちばん首が痛い状態が続いていて、そんなはずないだろうと信じられない気持ちだったのだが、今日になって原因が判った気がする。
俺は枕を不まじめに使っている。
今回買ったような、首のカーブに沿うようになっている枕って、横から見たとき、極端に言うとM字になっているだろう。真ん中の窪みに後頭部を乗せて、上方の盛り上がりで頭頂部を、そして下方の盛り上がりで首のカーブを支える。それですごく全体にフィットするようになっている。そういう仕組みだ。
そんな枕に僕は、どうやら椅子にとても浅く腰掛けるように、首のカーブのための下方の盛り上がり、ここに頭頂部をちょこんと乗せて、それで寝ている。ぜんぜんダメ。首のカーブのためにわざわざ盛り上げている部分に、あろうことか頭頂部を乗せているのだから、頭頂部から下は敷布団まですごい角度でまっすぐ突っ張る形になる。そもそも首の調子を崩しているのに、そんなふうにして寝たらどうなるか。いててて、ってなるのだ。
もしかするとこれまでもそうだったのかもしれない。くたびれたのを理由に見限った先代の枕でも、同じことをしていたのかもしれない。思えばあれにだって一応の凹凸はあった。それを僕は有効活用していなかっただけだったのかもしれない。全裸で寝る健康法に関しては並々ならぬ熱意があるのに、僕の枕への意識はそんなにも低いのだった。
今朝そのことに思い至ったので、今晩からはしっかりと正しい位置に頭を置いて寝ようと思う。これは意識のあるスタート時にさえ気を付ければ、たぶん睡眠中、右へ左へという動きはあっても、上下のそれはあまりないと思うので、解決すると思う。
なんかいろんな巡り合せで、珍しく平日の休みを得たのだった。
僕がまだ寝ている間にピイガは登校し、ポルガも僕が起きてすぐに家を出た。そして朝ごはんを食べたあと、ファルマンは仕事を始めた。僕だけが無為であった。
ああこの感じ、と思った。
ずいぶん久しぶりで忘れかけていたが、無職になると、毎日がこうなるのだ。この居た堪れなさ。日々、労働に対してさまざまな鬱憤を抱えているが、たった一日の平日の休みで、無職の憂いに精神が擦り減ってしまう。
水曜日であればおろち湯ったり館へ行くという選択肢もなく(もっともそれは言い訳に過ぎず、定休日でなくとも行かなかったろうと思う)、ひとりカラオケで唄いたい曲も特になく(なぜセイントパリンドロームが配信されていないのか)、なんだか途方に暮れてしまった。嘘だろ、と思った。慌ててセパドロの曲を1曲作って投稿し、日中は今日と明日の晩ごはんを仕立て、夕方にはプールに行ってちょっとスイムウォークをした。
なんかそんなふうに、ジタバタした平日休みだった。ちょっと生きるのが下手なのではないかと我ながら思う。
セイントパリンドロームの動画再生回数速度が、じわじわと減退しているのを感じ取っている。この段階でその傾向があるのだとしたら、もうダメだろう。僕はセイントパリンドローム、本当に好きだけど、そう言えば僕の好きなものって、世間ではあまり受け入れられないのだった。そうだった、そうだった。あまりにもやっていて手ごたえがあったものだから、それをすっかり忘れていた。あっという間に万バズするに違いないと思ってしまった。ちがうのだ。令和って、そうじゃないのだ。平成だってそうではなかったけど、特に令和ではお前はもうぜんぜんダメなのだ。
でももう頭が冷え、そっちのことはすっぱりとあきらめたので、別にいい。むしろ気が楽だ。これまでもそうだったが、これからはこれまで以上に、やりたいようにやろうと思う。もう世の中になにも期待しない。誰からも顧みられず、でもひたすら僕は僕のために曲を作り続けようと思う。やってもやっても反応がないことに関しては、20年間にわたるブログ活動で相当に鍛えられている。反応なんて、なくてなんぼですよ。