2026年4月22日水曜日

東海林・松屋・倉敷市屋内水泳センター


 東海林さだおが亡くなったのだった。
 以前やけにハマり、ブックオフで目についた文庫をオートメーションで買い、ひたすら読んでいた時期があった。何年前くらいのことだろう。たぶんブログで言及しているだろうから、きちんとさかのぼれば判るはずだが、あえてするほどのことでもなかろう。どうせそのうちおもひでぶぉろろぉぉんでたどり着く。
 東海林さだおの文章は本当に軽妙で、実際はそんなことないのかもしれないが、ぜんぜん気合を入れずに、一切の気負いなく書いているような感じで、そこが心地よかった。自分も含めて、文章を書こうとすると、どうしても身構え、賢く見られようとしてしまうものだが、東海林さだおの文章は、そんな業から完璧に解脱している感じで、そこに憧れた。本職であるマンガはほとんど読まなかったが(書店員時代は週刊誌をよく読んだので目にはしていた)、あれも文章とテイストは一緒で、賢く見られよう、絵が上手と思われよう、みたいな下心を一切感じさせないのがすごいと思った。90歳近くまで生きて、老成をまったくしないという、そういう潔さもこの世にはあるのだな、と心強い気持ちになった。僕も東海林さだおを見習って、いつまでも二次元ドリーム文庫ばかり読んで、ずっとJKのこととかを考えて、今後も生きていこうと思う。

 山陰に初上陸した松屋に、もう数週間も前のことになるが、一家で行ったのである。島根のことなので、もちろん車で行くのである。駐車場が何十台分もあるのである。駐車場には誘導員もいるのである。松屋の話である。
 注文と会計を非対面で済ませてテーブルに就いて、番号を呼ばれたら取りに行き、そして食べた。僕が頼んだのはもちろん牛めしで、味を堪能しようと、あえて卵を頼まなかった。数年ぶりの松屋の牛めしは、ああたしかにこんな味だったな、という感想で、それはもう美味しいとか美味しくないとか、そういう次元で語るものではなく、よく懐かしい食べ物の食レポで、思い出の味という表現があるけれど、味もなにも、僕はいま思い出という物体そのものを食べているのだな、と思った。僕の、だいたい20代くらいの、練馬区とか板橋区とか足立区あたりの思い出というものは、集約すると松屋の牛めしの形をしているらしかった。
 ビルの1階の、カウンターしかない店で、昼休憩にひとり黙々と食べた平成の牛めしと、島根の、家族と車で行った、テーブル席で食べた令和の牛めしは、ぜんぜん違うけど、でも同じだった。僕はもしかすると、松屋の牛めしを通じて、松屋の牛めしを食べている任意の時代の僕と自由に入れ替わることができるかもしれない。そんなファンタジックなことを思うくらい、本当にただの思い出だった。

 倉敷市の屋内水泳センターが、先月末をもって閉館したらしい。倉敷市の、わりと中心部にある、50mプールもある立派な施設で、住んでいた頃はちょくちょく行っていた。島根に引越したあと、ポルガが小学校時代の友達と遊ぶために倉敷に行ったときも、僕はひとりこのプールに行くということをした。それくらい行きたいと思うプールだった。ここの50mは、ただの50mじゃなくて、深くて、そして水がとても澄んでいたのだ。だから泳ぐと大きな感動があった。閉館の理由は老朽化で、言われてみれば古い建物だったように思う。それもあの独特の雰囲気を生み出していたのか。プールそのものはよかったが、更衣室は男女ともにプールに向かうための通路に対して若干オープンな感じがあったり、シャワー室ではせっけん類の使用が禁止であったりと、やはり時代に適合していない部分もあった。
 ここは閉館になるが、早くも来年には水島に新たな50mプールができるらしい。いいなー。倉敷は児島にも屋外の50mプールがあったし、ずいぶん恵まれている。うらやましい。50mプール、実際に泳ぐとすごく疲れるのであまり泳げなかったりするが、でもやっぱり潜ったときの迫力は格別なので、憧れる気持ちがある。新造されるピカピカの50mプール、ぜひとも体験したいものだと思うが、水島か。実に微妙だな。