2026年4月20日月曜日

「生徒会長ブリーダー お嬢様の飼育日記」を読んで


 12冊目。2011年1月刊行。通し番号は178。
 あらすじはこうである。

 ワガママだけど生徒会長なお嬢様は……ボクのペット!? 学園で、家で行われるアブないペットごっこ。バニースーツでのウサギさんごっこに、体操服でのワンワンプレイ&校内散歩、ネコ耳メイドさんからのご奉仕など、コスもシチュも変幻自在! お嬢様を、どんどんエッチに躾けちゃおう!

 「生徒会長」と「ブリーダー」という、普通の感覚からするとなかなか結び付かない言葉がタイトルに冠せられていて、どういう趣向の話なのか大いに興味をそそられるが、読んだ結果そのあたりのことがきちんと腑に落ちるかと言われると、実はそうでもなかったりする。そういう意味で、なんとなくふわふわと不思議な感触の1冊であった。
 今作も、主人公とヒロイン少女による一対一の、いわゆる純愛物なのだが、主人公である秀一は、学園では生徒会長を務める令嬢・愛煌の元召し使いで、子どもの頃から屋敷で愛煌の召し使いとして育ったが、このたび進学と同時に召し使いを引退し、屋敷を出て、ひとり暮しをしているという。この設定が、まずふわっとしている。小さい頃から住み込みで召し使いをしているのである。それはいったいどういう事情によるものなのか。それについては一切の説明がない。一切の説明がないということは、生い立ちが完全に不明ということで、もちろん秀一の家族についての記述もまったくない。令嬢の元召し使いという設定だけが、降って湧いたように唐突に存在している。
 なぜそんな設定にする必要があったかと言えば、当然のごとく秀一にぞっこんである令嬢が、彼に対して必死にアプローチをする状況を作らなければならなかったからで、秀一にどうしてもお世話をされたい愛煌は、お嬢様と召し使いという関係性が崩れてしまった代わりとして、大の動物好きである秀一に対し、自身がペットになるというアイデアを閃く。かくして「生徒会長ブリーダー」の完成と相成る。
 相成ったのだろうか。書いていて、理路であるような、とんでもない破綻があるような、本当によく分からない設定であると思う。そのうえ主人公の秀一のキャラクターというのがよく分からなくて、ここがまたこの話をふわっとさせているのだ。ペットになってまで秀一に世話をされたいとせがむ愛煌に対し、秀一はわりとずっと「やれやれ……」みたいな感じでクールな態度なのである。そもそも屋敷を出ている時点で愛煌とは距離を置きたいのかと思いきや、同じ学院に進学しているわけで、召し使いという設定も、そこから秀一が抜け出した思惑も、そして愛煌に対する心情も、あらゆる事柄が曖昧である。
 あらゆる事柄が曖昧なのだが、エロ小説なので、もちろんやることはやる。作者がなんのためにこんな地盤のしっかりしていない土地に家を建てようと思ったかと言えば、それはひとえにひたすらペットプレイがしたかったからに違いない。でもそれならそれでもっと別の、これよりは地に足のついた設定があったんじゃないかと思わずにいられない。
 プレイ内容、およびその描写に関しては、決して悪くない。さすがは神楽陽子だと思う。しかしさんざん言っているようにふたりの立脚点が危ういのと、あとどうしたって純愛物であるがゆえの迫力不足は否めない。純愛物のエロ小説って、すごく小さな音で聴くロックみたいな、ままならなさ、もどかしさ、もったいなさを感じる。ブリーダーだというのなら、多頭飼いでもよかったんじゃないかと思う。その場合、生徒会長をはじめとして、副会長や書記、会計も含めた、生徒会役員ブリーダーということでひとつどうだろう。世話役である主人公の設定も、元召し使いなどと面倒なことは言わず、生徒会の雑用を担う庶務の1年生で別にいいのだ。
 ちなみにだが、この話にはなんと2がある。取り上げるのはまだだいぶ先のことになるが、キャラクターは替わって、設定だけが踏襲されたもので、神楽陽子はどうやら、「お嬢様の世話役は、世話をするというくらいだから、ある意味お嬢様というのはペットと同一であり、そうなると逆に世話役がご主人様という図式になる」という着想がよほど気に入ったらしい。ままならない。もっと2があって然るべき話がいくらでもあるのに。