冬季五輪はやっぱりあまり観ていないのだが、それでも他になにも観るものがないときに、たまたまスピードスケートなんかをやっていると、そのまま流したりはする。その一方で、やはりどうしても受け入れることができないのは、4年前にもまったく同じようなことを言っていた記憶があるが、カーリングである。カーリングは、オリンピック競技の中で、どう考えてもダウトだと思う。いちどやってみて「これはダウトだ」となったなら、前回の夏にやっていたブレイキンのように、すぐに取りやめたらいいのに、なぜかカーリングはズルズルと続き、毎回やっている。よほど政治力があるのだろうか。あるいはこれは憶測だが、冬季五輪、結局のところ雪か氷の上で滑るだけなので(もちろんカーリングも氷の上を滑ってはいるが、その要素をぜんぜん感じさせない)、その中でカーリングは異彩を放つキャラであるため、冬季五輪のバラエティ要員として必要とされているのかもしれない、とも思う。
昨日の夜、ザッピングしていたら一瞬だけカーリングが映り、例のごとく、投げたストーンの進路をモップで擦っていて、なんだかうんざりした。なにがやねん、その競技、なにがやねん、と思った。そして思わず口からこう漏れていた。
「せめて水着でやったりすればいいのに」
横にいたファルマンから、「はい最低」と認定された。たしかに令和にあるまじき発言であった。だけど、どうしたって「志村けんのだいじょうぶだぁ」とかを観てきた世代なので、盛り上がりに欠けるなら水着になればいい、という思考回路がある。ショート寸前ならぬ、駆逐寸前の思考回路。夢の中と、誰も読んでいないブログの中でなら言えるのだが。