2026年1月6日火曜日

ゆるぎないものひとつ


 久々に大きい揺れを体感した。
 前回がいつだろうと振り返ったら、岡山時代、鳥取県中部が震源地の地震で、まあまあ揺れたことがあった。調べたら2016年10月だそうだ。当時の住まいや職場の震度は4。今日の地震は、そのときよりもだいぶ震源地に近かったが、震度は同じく4ということになるらしい。それより前だと、やはり東日本大震災になり、あのときは板橋区の店舗にいて、震度は5強。今日の地震は、最大震度が5強だそうだから、そう考えると東日本大震災マジやべえ、という感想にどうしてもなってしまうのだけど、とは言え9年ぶりの震度4は、なかなかにショックだった。立っている所が揺れる恐怖というのは、高所恐怖症のそれに通ずるところがあるのだと気づいた。地面というものを、世界の前提として捉えているので、そこが危うくなってしまうと、なにも成り立たなくなるような、圧倒的な恐怖を感じるのだ。だから宇宙の壮大な話も苦手なんだと思う。地面が、地球が、ぜんぜん確固たるものではないということを思い知らされてしまうから。久々の地震で、そんなことを思った。
 人が死ぬような規模の地震ではなかったが、死の恐怖だけはきちんと味わった。最初の揺れから、少しして大きな揺れになったので、これ以上大きくなったらやばいと思った瞬間、死ぬかもしれない、という気持ちが頭をかすめた。そして、いま生き埋めになったりして死んだら、僕が最後に書いたブログの記事は、「オートメーションチンコマシーン」になるのだな、とも思った。あんなにいっぱいいろんなことを書いてきたのに、最後の最後が「オートメーションチンコマシーン」か、そうか、と。幸い揺れはやがて収まり、ファルマンとも連絡を取って、子どもは怖がっているが無事だと伝えられ、ほっとした。
 そしていまこうしてそのことを日記に書いている。「オートメーションチンコマシーン」は人生最後の記事にはならなかった。よかった。じゃあなんならいいのか、という話であり、別にこれというものは浮かばないが、それにしたって「オートメーションチンコマシーン」はさすがに、という思いがある。じゃあそんな記事書くなよ、一日一日を死ぬ気で生きろよ、とも思うが、そんな暑苦しいブログは決して読みたくないとも思う。まあ日々を精いっぱい、精子いっぱいに生きていこうと思う。そんな結論になるのか。