相変わらずInstagramの面白みをなんとか理解しようと励んでいる。そんなにしないと理解できない人間は、要するにInstagramに向いていないということなんじゃないかという気もビンビンするのだが、あきらめるわけにはいかない。どうせInstagramを運営するのなら、きちんと時流に乗った感じで、いい感じに活用していきたいじゃないか。
なに画面というのか知らないが、おすすめの投稿みたいなものが、ズラズラと連なる画面というのがある。多士済々、実にいろいろなジャンルの話題が、なんとか人の耳目を多く集めようと、必死になっている感じである。それらの作成者は、僕と違ってInstagramの面白みを掴んでいる人たちなので、なるほどキャッチーな、ちょっとクリックして詳細を見てみようかな、と思わせる表紙画像になっている。その感じを眺めていると、世の中にはこんなに興味のある情報が溢れているんだな、と思うと同時に、でもここにあるどの情報も実際は必要ないな、とも思う。この感じってなにかに似ていると思って、雑貨屋のそれだと思い至った。雑貨屋というのも、そこにあるすべてがすてきに見えて、ぜんぶ欲しいような気持ちになったりするけれど、しかし少し冷静になって考えれば、店内にあるなにもかもが、本当はぜんぜんいらないのだ。
つまりInstagramとは、雑貨屋みたいなものなんだと思う。実益とか利便とか、そういうことに囚われたらダメなんだ。雰囲気勝負。中身なんてなければないほうがいいのだ。だとすればそれを100も1000も投稿するって、かなりすさまじい行為なんじゃないか。実はみんな、気が狂ってるんじゃないか。
そんなことを思いつつ、近日Instagramを始動させるつもりでいる。