Instagramと格闘している。僕もみんなみたいにInstagramの波に乗りたいのだが、これがなかなか難しい。どちらもいちども行ったことがないが、ライブや、クラブのようだと思う。そこにいるみんなは、いつもより少しテンションが高く、そして愉しそうなのに、僕はいつまでも馴染めず、むしろどんどん心が冷え切ってゆく。いちども行ったことがないけれど、そんな思い出がまざまざとよみがえってくる。
俺ライブとか行ってもうまくはしゃげないんだよね、変わってんのかな、ということを言いたいわけではない。もうそういう年じゃない。昔の日記を読んでいると、かつての僕はスマホをやけに忌避していた。今だってスマホを人並みに活用しているとは言い難いが、それでもスマホを持つこと自体に対する抵抗感はもはやない。スマホが世に出てから、僕がスマホを持つまで、たぶん10年くらいの年月を要したが、果たしてその10年は要する必要があったのか、と今になって思う。年を取るということは、もうそれだけで頑迷さを増すということだから、全体の中で同じ位置に在ろうと思ったら、意識の上では少しずつ柔軟にならなければいけないと思う。同じ場所に居続けるためには、走り続けなければならないのだ。
だからInstagramも、謙虚な気持ちで、突破口を模索している。ここだ、と思うポイントが、必ずあるはずだと思う。そうでなければみんながこんなにやるはずない。Instagramは誰も拒まない。その拒まなさが嫌なんだよね、などとひねくれたことは、心の中では思っても、こうしてブログには書いても、口には出さない。Instagramではキャプションに記さない。Instagram上での俺は、社交的な陽キャだから。
年末に「72時間」の毎年恒例の特番をやっていて、すべて録画したのでコツコツ観ているのだが(本放送でだいたい観ているのだけども)、スタジオには「72時間」の熱烈なファンという人々が来ていて、その人たちを見ると、「72時間」という番組に対する熱がスーッと冷えていくのを感じるのだった。そういうところがダメ。そういう人はInstagramに向かない。現実の僕はたしかにそういう部分はある(変わってんのかな)。でもInstagramでは別人だから大丈夫だと思う。同好の士でつるむのがなによりも好き。
フォローとフォロワーというのはすごい仕組みで、フォローをすると、フォローされた側の画面に、フォロワーとしてアカウントが表示されるのだ。であるならば、ものすごい有名人をフォローしたら、ものすごい有名人のページはものすごい数の人が見るので、それだけフォロワーの所にもたくさんの人が来てくれるのではないかと思う。もしかしたら僕はすごいことに気付いたのではないか。Instagramの裏技を発見してしまったのではないか。さらにはコメントとかして、そのコメント文面に、自分の所に誘導するようなキャッチーなフレーズなどを入れたら、それはもう効果抜群すぎて、世の中がひっくり返るのではないかと思う。実際に始動したらぜひやってみよう。