2026年4月3日金曜日

永遠の蛹 ~おもひでぶぉろろぉぉん~


 ファルマンが43歳になった。
 僕はまだ42歳で、そしておもひでぶぉろろぉぉんの僕はいまだに25歳のままである。本当に、25歳の僕とこんなにずっと一緒にいることになるとは思っていなかった。
 でも、どうして25歳なんだろう。

 日曜日の短めの労働の出勤と同時にファルマンも出発する。してしまう。これで労働から帰宅してもファルマンはいない。ファルマンおらんて。意味わからんしマジで。
 労働しながらファルマンからメールが来、無事に新幹線に乗っただの岡山に着いただの報告を受ける。そして僕の労働が終わる3時前に、無事に出雲市に到着したという。いいなあ、出雲か。俺も行きてえよ。外国生活が長かったフリして義妹にCHUしてえよ。
 誰もいない家に帰るため、駅から歩く。
 道の途中で、手負いの鳩に2匹のカラスが襲い掛かるという、都会における最大級の劇的シーンが展開される。こんなの初めて。住宅街だったため僕以外に人はいなく、僕の3メートル横くらいでそれは激しく展開された。カラスが肉をつついてくるのか、鳩が激しく抵抗し、鳩の羽が何十本も道路に散った。なぜこのタイミングでこんなことが巻き起こるか。ファルマンが家にいたら帰ってすぐにしゃべるのに、家には誰もいない。どうしようもない気持ちで走って逃げた。
 走っていたら夕立に遭う。ぽつぽつと降り始めた雨が、みるみるうちに勢いを増し、ガーッという音がするほどの雨になった。家まであと200mくらいの地点でそうなったので、しょうがなく全力疾走した。200mダッシュ。マスターベーションの疲労感か。皮肉なことに、カバンのなかには買ったばかりの今月の純粋理性批判が3冊入っていた。これが重い。重いエロ小説を抱えて、マスターベーションと同等の疲労感を獲得する俺。もちろんそれなりに身体を濡らしながら。
 そして帰るとファルマンがいない。さんざんだ。
(KUCHIBASHI DIARY 2009年8月9日)

 入籍が08・08・08なので、結婚1周年という時期である。ファルマンは夏休みに入り、出雲へと帰省する。僕は異様に寂しがっているが、なんのことはない、この3日後には僕もまたサービス業の短い夏休みながら、出雲へと赴くのである。
 25歳の僕は、なんだかやけにアンニュイで、か弱い。精神性はそこまで変わっていないような気がしていたけれど、この頃に較べれば、いくらかはふてぶてしくなったようだ。さすがにそれはそうだろう。42歳にもなって、25歳の頃と同じセンシティブさを保持し続けていたら、それはだいぶ厄介なことに違いない。もっとも、じゃあ威厳だったり貫禄だったりが備わったのかと言えば、決してそんなこともないと思う。ただ世界に対して、達観したというか、開き直ったんだと思う。じゃあそれはどのタイミングだったんだろう。それを探るのも、おもひでぶぉろろぉぉんの目的のひとつかもしれない。
 それにしても、あまりにも25歳の僕と長く一緒にいたので、いよいよやけに愛しくなってきた。こんなことを言うと、24歳の僕や26歳の僕は拗ねるかもしれない。でも24歳の僕も、26歳の僕も、そして42歳の僕も、みんな僕だ。僕が何歳かの僕を愛しく思うということは、それは結局のところ僕という総体を愛しく思うということだ。
 この半月ほど、日記と少し距離ができていた。年始から続けていた毎日投稿も、3月の中旬で途絶えてしまった。20代の頃はやけに毎日日記を書いていて、そのさまは「ひたむき」と言うほかなく、なんだかきらめいて見える。そのおかげで僕は日々とても愉しませてもらっている。毎日投稿がままならないということは、今の僕は日記を書くということに対して、往時のひたむきさは持ち合わせていないということであり、時間は有限だから仕方ないとは言え、少し義理を欠いているような後ろめたさがある。この原因としては、裁縫や筋トレなど、昔はしていなかった趣味に目覚めたというのもあるし、書こうとするたびに必ず目に入ってしまう、それまでに投稿した記事の閲覧数が、それぞれ3とか4とかしかないことに、モチベーションが奪われるというのもある。しかも3や4のうち、ファルマンが(読んでくれれば)1回で、あと僕が投稿した直後に自分で1回、次の日に昼ごはんを食べながらもう1回読んだりするので、このブログはいよいよほぼ誰にも読まれていないということを意味する。読まれるために書いているわけではない、というのは、志としてはたしかにそうなのだけど、実際の心はそこまで強靭ではない。どうしても萎えてしまう。
 しかしつい先日、このような境地に至った。
『僕は僕のために日記を書いているのではない。僕は僕のために日記を書いているのだ。』
 日々時間を割いて日記を書くことは、僕のためになるとは言い難い。限られた時間は奪われ、しかもワールドワイドウェブに公開しているのに他者が読んでくれるわけでもない。現状、書くことでなにかが満たされるということはまるでない。しかしそれでも僕が日記を書くことで、確実に喜んでくれる存在がひとりだけいる。僕である。42歳の僕が25歳の僕の日記を読んで愛しく思うように、42歳の僕が書く日記を、いつかの僕は必ず読んで愛しく思ってくれる。これは確かな保証である。さらに言えば、逆に25歳の僕もまた、42歳の僕も日記を書いていることだろうと思っているに違いなく、だとすれば25歳の僕の一部分は、42歳の僕の日記への愛しさでできているわけで、もちろんそれは25歳と42歳に限らず、すべてのあらゆる僕と僕が密接に呼応して、すべてのあらゆる僕と僕を形作っているわけで、だとすれば僕という人間は、どうやらあまりにも僕なんじゃないか、ということを喝破した。
 日記を毎日書いても僕だし、毎日は書かなくても僕。どう転んだって僕なのだから、引け目など感じず気の向くままに振る舞えばいいのだ。そんな地点にたどり着いた42歳の僕を、他の全僕が拍手している。僕もまた君たち全員に拍手を返したい。