2週間ほど前、水着が10枚売れた、という話があったじゃないですか。セレクトされた10枚は全て初期のパターンで、初期のパターンは今「売り尽くし!」として1枚1500円、5枚5000円ということで販売しているので、10枚の場合どうしたもんだろうとしばし思案したのち、8800円という値付けにしたのだった。
在庫でしかなかったものが8800円になった(もっとも送料と手数料がここから引かれる)のだから、もちろん嬉しいは嬉しかったし、買ってくれた人には感謝しかないのだが、その一方で、実際どういう値段やねん、とも思った。
こんな、こだわりの、刺さる人には強烈に刺さる(たまにひと晩で、同一人物だろう人から20点ぐらいに「いいね!」がついていることがある)手作りの水着が、スーパーで売っている大量生産の水着よりも安い。それは普通に考えておかしいことなのだ。間違っているのだ。なにが間違っているかと言えば、ひとえに僕の値段設定である。
近ごろ世の中、特にファッション業界における物の価値がなにで決まるかは、その品物が真にいいものかどうかというのももちろんあるけれど、実はそれ以上に、値段が高いものかどうか、というのが大きいのではないかと気づいた。気づくのがだいぶ遅い。
すなわち、物の価値は、値札で決まるのだ。真の価値などというものは幻想で、正解などない。それに対して「高い値段で買ったもの」は絶対的である。身に着けていると、誇らしく、堂々とできる。なぜか。高かったからだ。スーパーで買った水着ではない。欧米のセレブ御用達だというブランド製なのである。そのふたつが実は同じ生地、同じ型紙で作られていたとしても、そんなことはぜんぜん関係ない。大事なのは買ったときの値段だ。
10枚を売り上げた直後にアイロンプリントシールを大量購入したのも、このような思考があったからで、ただ売価を上げたら価値が上がると言っても、売れなければ意味がないわけだが、そのためには値段が高いことの理由付けが必要になってくる。付加価値というやつだ。しかしこれというのは実はファッション業界が最も得意とするところで、有機農業とか、洗練されたサービスとか、他業界の血の滲むような企業努力を尻目に、ファッション業界はペタンと、商品にブランドロゴを貼り付ければそれでいいのである。
なので僕もそれをやっていくことにした次第である。
前回発表したものにも既に貼り付けていたが、改めて新しいもので紹介する。
こちらである。
赤信号、理性減速。欲望発進。
NOBITATTLE.
実を言うと、前回の緑ヒョウ柄に貼り付けていたものとこれとは、微妙にデザインが違う。ブラッシュアップしたのだ。ブランドロゴなのだから、ちゃんと確定してから商品に貼り付けなきゃダメだろ、という話なのだが、なにぶんオリジナルブランドロゴを考えて水着に貼り付けたのはこれが人生初めてであり、たぶんあなたたちだって、オリジナルブランドロゴを考えて水着に貼り付けたことなどないのだから、偉そうなことは言わないでほしい。たぶんもう変えない(と思う)。
ロゴのアップはこちら。
ファルマンに見せたところ、少し黙られたのち、「いいんじゃない」というコメントを得た。続けて「なんか変なふうに見てしまうのは、私が穢れてるからなんだろうね」とも言っていたが、それは言っている意味がまったくよく分からなかった。マークは、NOBITATTLEの「TATT」の部分を図案化したもので、それ以上の含意は特にない。含意があるように感じるのは、その人の心が穢れているからに他ならない。まあその穢れ、俺は嫌いじゃないけどね。
というわけでめでたくブランドロゴも完成したので、これから作製し発表する水着にはすべてこれを貼り付けていこう、と思ったのだけど、ファルマンから、「貼ったやつと貼らないやつ、両方販売したほうがいいと思うよ」と言われたので、少し悩んでいる。貼ったやつと貼らないやつの両パターンを売る分にはいいのだが、だとすればそのふたつって、どういう値段設定になるんだろう。貼らないやつ(ノンブランド)が2500円くらいだとして、貼ったやつは8000円くらいだろうか。だってそういう企図からブランドロゴを作ることにしたのだから、そうじゃないと理屈になってない。その一方で、前に車検のコバックで車検を受けたとき、リヤガラスに車検のコバックのステッカーを貼ってくれたら500円引きというサービスがあったなあということを思い出し、え、もしかしてこのブランドロゴ、貼ってあったらむしろ値引きなの? とも思う。悩みは尽きない。最近なんだかんだでぜんぜん出品してない。
ちなみにだが、ブランドロゴのデザイン上の理由から、今まで「Nobitattle」表記だったが、これからは「NOBITATTLE」となります。よろしくお願いいたします。

