2026年1月2日金曜日

降り積もるおもひでぶぉろろぉぉんとブログの夢


 目が覚めたら一面の銀世界であった、というほどではないけれど、ほどほどに白くなる程度には雪だった。幸い、別に用事はなにもない。大掛かりな買い物は明日や明後日に行けばいいので、家でおとなしく過すことにする。ちなみに初夢は、なんかしら見て、本式に起きる前の明け方、布団の中で、あれが初夢かー、地味だなー、という感想を抱いたのは覚えているのだが、あまりに地味すぎたのか、もうぜんぜん覚えていない。
 昼ごはんはおにぎりと味噌汁と少々のおかずという、地に足のついたもの。大みそかと元日のあとは、いつもこういうものが食べたくなる。4日ぶりくらいにごはんを炊いた。
 午後、子どもたちがやはりいとこと雪で遊びたがったので、実家に連れていく。ファルマンは雪道の運転に不安があるということで、送迎だけしてやることに。
 戻ったあとの自宅ではひとり、裁縫や、おもひでぶぉろろぉぉんをして過した。最終回を宣言できていないブログもいくつかあるものの、最近ちゃんと活動していたものを中心に、基本的にブログは全て収束させたわけだが、ただし「おもひでぶぉろろぉぉん特設サイト ~フレーズで振り返る20年の歩み~」に関しては、これはもともと「プロペ★パピロウのブログ投稿報告ツイートブログ」の報告対象外であったし、性質上どうしてもこの「OREGAYO」と一緒にするわけにはいかないので、このままの形を継続していくことになる。もとよりあれはブログというより、自分の作業のためのデータ置き場的なものだ。
 ちなみに今日読んだ「KUCHIABSHI DIARY」の2009年6月の記事の中で、雑誌「SEVENTEEN」の水着特集について触れている箇所があり、それによるとこのときの、2009年7月号の水着ページのモデルは、桐谷美玲、波瑠、武井咲という3人だったそうで、いま考えるとなかなか豪華なメンツだと思う。もちろんもう手元にないのだが、2026年のいま、ずいぶん価値が出ていたりするのではないかと検索したら、あまりそんなこともなかった。ついでに、綾瀬はるかが表紙モデルだった「電撃姫」(2002年7月号)はどうかと見てみたが、これも思ったほどではなかった。そういうものか。
 夜になって、今回の収束で最終回を迎えた各ブログに、「(ブログ名)は「OREGAYO」に収束しました」という記事を投稿する。そんなのはぜんぜんするつもりでいなかったのだが、ファルマンに「絶対にしなければダメだ」と言われ、やった。やってから、そうか、僕は拡散した各ブログへは、誰もが必ず「プロペ★パピロウのブログ投稿報告ツイートブログ」を経由して来るものだと思っていたから、そこにさえ新ブログのリンクを貼っておけばそれで済むと思っていたが、それは想像力の足りない自分勝手な考えで、全ての人が作者の思い描くシステムどおりに動くはずはなく、「おこめとおふろ」だけをブックマークしている人もいれば、「nw」にweb検索でたどり着く人もいる。その人たちは、「プロペ★パピロウのブログ投稿報告ツイートブログ」に行かないことだって十分に考えられる。だから各ブログの最上部に新ブログへの案内は絶対に必要なんだ、と気づいた。まったくブログに造詣の深い妻はありがたい存在だな。

2026年1月1日木曜日

年明けと年精数


 年が明ける。去年の紅白はなんだかつまらなかったな。
 年が明けた瞬間、ポルガのスマホがメッセージの受信音を発したので、なんだか感慨深かった。そうか、そうだよな。中学生って、たぶんいちばんそうだよな。「パパとおかには来ないの?」と訊ねてきたので、「こんな時間に連絡が来るとしたら訃報くらいのもんだよ」と答えた。ファルマン爆笑。これが今年の初笑い。
 そのあと、寝る前に集計作業をした。なんのか。もちろん年精数である。1年間の射精回数。23年が108回、24年が109回と来ていて、しかし24年に関しては、10月終了時点でそれまでの回数を計上するという不正をし(当時はルールが確立していなかったので悪意があったわけではない)、それによって残りの2ヶ月間の振る舞いが影響を受けることになってしまった。それが2025年においては一切ない。純粋に、1年間が終わって初めて、年始からの数を計上したのだった。これはとてもドキドキした。怖すぎて数えたくない、とさえ思った。もっとも「BUNS SEIN!」で述べたと思うが、射精を頻繁にすればそれすなわち精力旺盛なのかと言われると決してそんなこともなく、射精をしなければしないほど悶々と、エロい頭でいる期間は長くなるわけで、そう考えれば年精数は多いのがいいのか少ないのがいいのか、よく分からなくなってくる。歴史上、たぶんどの男も答えにたどり着いていない。とは言え数えているときはやっぱり、去年よりも数字が下がったら嫌だなー、と思いながら数えているのだった。
 そんなわけで、いよいよ発表に移りたい。
 2025年の年精数、結果は…………(ドラムロール)…………ドンッ!
 112回。
 会場から「おー」と低い声が何層も聞こえてくる(女子禁制ではないのに、客席には男しかいない)。あちこちでさざなみのように始まった拍手が、呼応するように高まり、やがて力強いものになってゆく。ありがとう。みんな、どうもありがとう。一切の不正行為なく、1年前よりも2年前よりも多い112回という数字は、とりあえず純粋に喜んでいいのではないかと思う。ちなみに月ごとの内訳は、11+8+10+6+8+8+10+11+7+11+10+12で、112である。8月は暑さに参っていて、そのうえ一週間近くに及ぶ旅行があったというのに、蓋を開けてみれば11回ということで、おいおーい、なんやかんや言ってやることやってんじゃーん、と肘で小突きたい気分だ。あと12ヶ月で最も多い12月の12回というのは、正直言って最終盤、年末年始の休みに入ってから、年精数を意識しての不安感から半ば意図的に回数を重ねた部分があり、実際このおかげで前年の数字を上回ったとも言えるわけで、今年も今年でなかなか劇的な結末となった。とは言え今年は前年よりも3も数を乗せてしまったわけで、いよいよ来年以降が厳しくなってきた。いつかは下回るときが必ず来る。覚悟だけはしておこうと思う。などと言いつつ、やはり年の瀬になるとジタバタするのだろうとも思う。
 眠って起きて、雑煮を食べ、届いた年賀状(ほぼ親戚のわずか数枚)を眺め、初詣に行く。毎年行くいつもの神社なのだが、境内にいくつか社があり、それぞれ部門が分かれている。なので今年は学業部門のところで、ポルガの合格をしっかり祈願しておいた。おみくじは細かいお金がなかったので、子どもの分しか引けなかった。しかし神社に来た際、鳥居のそばにある数台しかない駐車スペースがちょうど1台分空いていてそこに停められた(ここに停められない場合、すれ違い困難な細くて険しい道を通った先にある神社裏手の駐車場に行かなければならないのだ)ので、それだけで今年の幸先は明るいと思うことにした。
 そのあとは実家に行って、新年の集い。豪華なおせちと鮨をつまみながら飲む。子どもたちが喧しい。中3と小6と小5だけなら、もうそこまで喧しくはなくなっていたのではないかと思うが、ここに3歳児が入ることで、全体がそっちに引っ張られるのか、喧しさがいつまでも収まらない。まあ子どもたちが賑やかにしてくれなければ、大人たち(特に男性陣)はぜんぜん盛り上がらないわけで、助かるのだけども。
 あとこの際、次女の夫はおととい、ひとりでおろち湯ったり館に行ったということが判明し、わりとショックを受ける。おろち湯ったり館に行きたいという気持ちは、いつだって心の中でくすぶっていて、そしてそれはことあるごとに表明しているので、知らないはずはないのに、いったいなぜ声を掛けてくれなかったのか、と思う。そう思う一方で、果たして次女の夫とのふたりきりでのおろち湯ったり館に、僕は本当に行ったかな、なんだかんだで行かなかったんじゃないかな、とも思うわけで、その気配を感じ取って、次女の夫もわざわざ声を掛けなかったのかもしれないな、と思った。寂しがり屋なのに人と交流したくない、モザイク模様の複雑な心。2026年の僕も引き続き愛しいな、と思った。
 かくして新しいブログが始まった。新年に新しいブログを始めるなんて、まるでこれまで日記の習慣を持っていなかった人のやることのようで、少し面映ゆい。
 新しいブログは、ご覧のとおり、8年ぶりに収束した大ブログである。
 思えば前回の拡散時、たぶんこの拡散は長く続いて、もしかしたら二度と収束することはないのではないかと思っていた。ところがこうしてブログは収束した。そしていまはこの形こそがまっとうだと確信している。ただし前回よりも精神的に成長したと思うこととして、今回の僕はこれがずっと続くとは思っていない。いつかまた拡散するに違いない。だが、収束と拡散は、実は別に大したことではないのだ。どちらにせよ僕は日記を書くし、そしてどんな形でどこに書かれたものでも、いつか「おもひでぶぉろろぉぉん」で振り返る。すべては大きな流れに収斂し、ひとつになる。だから流れてさえいれば、清流だろうと、ドブ川だろうと、なんでもいいのだと思う。なんだ、この境地。